1 ここまでの復習
ここでもう一度,これまで学習した内容を確認しましょう。
法学を学ぶというのは,事例問題を解くことができるようになることであり,事例問題を処理するプログラムを頭の中に作り上げていくことでした。
ところが,プログラムとなるべき法規範は法律の条文を読んでもはっきりしないことがあり,条文の解釈を行って法規範を明確化することが必要不可欠でした。これを法解釈と呼び,法学というのは法解釈学のことだ,ということでした。
2 法解釈とはどのようなものか
今回は,この「法解釈」についてお話しします。
法解釈については哲学的な論争もあります。たとえば「法解釈とは何ぞや」「法解釈とは科学か」「法解釈とは価値判断か」といった問題です。しかし,これまでと同じく,これら哲学的論争には深入りしません。
ここでは法解釈の具体的な方法についてお話しすることにします。
3 法解釈はそれぞれの法律で異なる
とはいえ,抽象的に法解釈のお話をしてもわかりにくいだろうと思います。実際にいろいろな法律の条文を解釈していく中で,法解釈の方法は身についていくというところがあります。習うより慣れろというわけです。
また,それぞれの法律によって,法解釈には違いがあります。憲法,民法,刑法のそれぞれについて,法解釈の方法は異なります。法律の目的が異なることから,法解釈も異なってくるのです。
ですので,まずはここで,ざっとした形で最低限のところをお話しすることにして,あとはそれぞれの法律を学習していく中で身につけていっていただくことにします。
4 事例問題
抽象論にならないために,具体的な事例問題を検討していきましょう。
<事例1>
公園の立て看板に「車は立ち入るべからず」と書いてありました。
では,車椅子は公園に入ってもよいでしょうか?乳母車はどうでしょうか?
これは星野先生の『法学入門』などに出てくる有名な事例です。教科書では「車馬」となっていましたけれど,車馬ではえらく時代を感じさせますので,ここは現代に合わせて単に「車」にしました。
要件→効果という観点からみると,「車は立ち入るべからず」という文言からは「車」→「公園への立ち入り禁止」という構造が見てとれます。問題は,「車」という要件の部分ですね。「車」に「車椅子」や「乳母車」は該当するのでしょうか?
5 立て看板の文言からすると
立て看板には「車」としか書いておらず,車椅子や乳母車については明確に書いてあるわけではありません。立て看板の文字だけでは,法的三段論法の大前提となる法規範がはっきりしないわけです。
そこで,解釈をすることによって明確化し,法規範を導くことになります。「車」という文言をどう解釈するかという問題です。
6 法解釈の方法
法解釈にはいろいろな方法があります。団藤重光先生の格調高い名著『法学入門』『法学の基礎』によると,法解釈の方法として以下のものが紹介されています。
①文理解釈
②拡張解釈と縮小解釈
③類推解釈と反対解釈
まずは,この3つを押さえましょう。
7 文理解釈
「文理解釈」というのは,条文の文字をそのまま素直に読んで意味をつかもうという解釈です。国語辞書を引くようなイメージです。
立て看板に書いてある「車」という文字は,素直に読めば自動車のことだろうと考えられます。したがって,文理解釈によれば「自動車は立ち入ってはいけない」という法規範が導かれることになるでしょう
「文理解釈」などと仰々しい名前がついていますけれど,普通に読んだだけですので何も難しいことはありません。そして,条文解釈においても,まずはこの文理解釈が出発点になります。つまり,条文を素直に読むことから始まります。なぜかというと,その条文を読んだ一般の人々が普通に理解するだろうというように解釈しないと,一般の人々がどのように行動したらよいかがわからないからです。
実際には,この文理解釈で話が終わることも多いです。条文の文言を素直に読んで終わるに越したことはありません。
8 文理解釈の限界
しかし,素直に読むといっても,言葉は幾通りもの読み方ができることが多いので,どの意味なのかはっきりしないことがあります。
「車」という言葉を辞書でひくと,「現代では自動車のこと」と書いてあるのですが,他方で「車輪を回転させて進むようにしたもの」とも書いてあり,そうすると「車椅子」も「乳母車」も該当しそうです。文理解釈ではどちらとも読めてしまい,どちらなのかの結論を出すことができないのです。
また,日本の法律は,既にお話ししたように外国からの輸入品であり,明治時代に翻訳されて新たに造られた言葉が多用されています。日常用語からかけ離れた特殊な法律用語がものすごく多いのです。素直に読むといっても読みようがありません。
その他,素直に読むと,いかにもおかしな結論になってしまう場合もあります。いくらなんでもおかしすぎるだろう,とうてい受け入れられないだろう,という場合があるのです。
このように,文理解釈だけではうまくいかないことがあるのです。そこで,文理解釈ではない他の解釈も必要です。
9 拡張解釈と縮小解釈
「拡張解釈」は,言葉の意味をいくらか広げて読もうという解釈です。反対に「縮小解釈」はいくらか狭めて読もうという解釈です。
事例問題1では,「車」を広く,例えば自動車に限らず自転車や一輪車も含むと解釈することが拡張解釈になります。他方で,「車」は自動車の中でも四輪自動車のみ,例えば二輪車などは含まないという解釈は縮小解釈です。
ただし,「いくらか」と書いたように,その言葉からまったくかけ離れた拡張や縮小はできません。「車」とまったく関係ないもの,例えば歩行者まで含むような解釈は拡張解釈とは言えません。明らかに「車」にあたる自動車さえも含まないような解釈は縮小解釈ではありません。
10 類推解釈と反対解釈
「類推解釈」は,言葉の意味からは本来は当たらない,当たらないんだけれども,似たようなものなのだから同じ結論になるように考えよう,という解釈です。
事例問題で言うと,立て看板には車がダメとしか書いていないけれども,ホバークラフトも車と似たようなものなのだから,ホバークラフトも立ち入り禁止だと解釈するような場合です。ここでは,ホバークラフトは「車」ではないという文理解釈が前提となっています。
他方で,あえて条文に書いていないということは,その条文とは反対の結論に考えるべきだというのが「反対解釈」です。
つまり,車しかダメと書いていないわけですから,自動車以外は何でも立ち入ってもよいと解釈するのが反対解釈です。ここでも,「車」は自動車であるという文理解釈が前提になっていますね。
余談:勿論解釈
団藤先生の著書にはもう一つ「勿論解釈」という解釈も紹介されています。これは,たしかに条文には書いていない,書いていないけれどもあまりにも当然すぎてあえて書いていないだけなのだと解釈する方法です。
例えば飛行機なんかは危険すぎて公園への立ち入りは当然禁止です。でも「飛行機は立ち入るべからず」とはいちいち書きませんよね。
11 いずれも解釈の技術
注意していただきたいのは,これらはいずれも解釈の技術であって,どれが正しくてどれが間違っているというわけではないという点です。論理的にはいずれの解釈も可能です。条文の文言という制約はありますので,まったくの自由ではありませんけれども,その制約の範囲内であればいずれでも可能です。
悪く言えば,いかようにも読めるということでもあります。もしかしたら,もう既にそのような感想をお持ちかもしれません。そういう面があるのは確かです。前回も最後のほうで少しお話ししたように,「法解釈に正解はない」と言われているのはこのことだと思います。
先ほどの事例問題についても,いずれの解釈を使うこともできます。したがって,結論はどれでもありえます。論理的には。
12 どのようにしてどの解釈を選ぶのか
問題はその次です。これらの解釈の中から,どれを選べばよいのでしょうか。どのようにして選んだらよいのでしょうか。
各自が好きなものをその場その場で適当に選んでよいというのでは,まさに「いかようにも読める」ということでしかなく,学問ではありません。どの解釈をどのような基準で選択すればよいのかが問題です。
論理的にはどの解釈もありうるわけですから,条文の文言といくら睨めっこしていても結論は出てきません。そうすると,どの解釈を選ぶかという採用基準は,条文の文言以外のところから持ってくるしかない,ということになります。
13 形式的理由と実質的理由
ある解釈において,条文の文言を根拠とする場合を「形式的理由」,条文の文言以外を根拠とする場合を「実質的理由」と言います。
形式的理由だけでは結論が出ませんので,実質的理由が不可欠です。
しかし,形式的理由も大切です。先ほど申し上げたように,条文の文言を離れて自由勝手にしてしまうのでは,もはや解釈ではなく立法です。否定されたはずの,王様が横暴なことをするのと同じになってしまいます。
14 作った人の意思から考えればよい?
さて,条文の文言以外のいったい何をより所にすればよいのでしょうか?
例えば「法の解釈」ではなく「文学作品の解釈」であれば,作者の意思から考えるという方法があります。
文学作品を解釈するというのは,作者がこの作品で何を言いたかったのかを探ることであり,その作者の発言やら他の作品やら日記やら人生やらから作者の言いたかったことを探ろうというわけです。
しかし,作者が言いたかったことはすべてその作品に言い尽くされているのであり,したがってそれ以上に作者の意図を探ることなどは意味がなく,むしろ読者が自由自在に解釈して読むべきだ,ということも言えるでしょう。
・・・ええと,話がそれていますね。文学作品の解釈については,詳しくは石原千秋先生の著書などをお読みください。
15 立法者意思
法の解釈においても,その法律を作った人すなわち立法者がどういうことを考えていたのかを探ってみるということは,一理あります。というのも,立法者は何らかの政策を実現したいからこそ,その法律を作ったわけです。何らの意図もなく法律を作るはずがありません。
したがって,条文の文言以外のものとして,立法者の意思というものは一つの有力な判断材料になります。
ちなみに立法者とは誰かというと,現在の日本では,憲法41条により立法権を司っている国会です。
16 立法者意思も決定的ではない
しかし,立法してから時間が経過しているという場合には,立法者が想像もしなかった問題が発生しているかもしれません。社会は急激に変化していますし,科学技術も日々進歩していますので,大いにありうる話です。そのような問題については,立法者の意思は参考になりません。
また,立法者の意思が必ずしも明確でない場合もあります。細かい問題が生じたときには,そこまで立法者は当時考えていなかったということもあるでしょう。
よって,立法者の意思で決めようというのは,有力な方法ではあるけれども,決定的な方法ではないのです。
17 目的論的解釈
そこで,そもそもその法律はどのような目的を達成しようとしているのか,どのような趣旨なのかという観点から考えようという方法が妥当だとされています。これを「目的論的解釈」と言います。
つまり,その法律はそもそもこういう目的を達成するためのものだ,そうであれば,その法律を解釈するにあたっても,その目的達成に沿う内容になるように解釈すべきだ,ということです。
18 立法者意思と目的論的解釈の違い
目的論的解釈は,先ほどの立法者意思から考えるという解釈と同じように思えるかもしれません。しかし,その法律が制定された時点での立法者意思で考えるのか,それとも現在の時点で考えるのかという点が違うのです。
法律というのは,いったん制定された以上は,もはや立法者の手を離れます。生きた社会に適用されることになると,先ほどもお話ししたように立法者が思いもしなかった事態が生じたり,不都合な結論が出てしまうことが判明してきたりします。
そこで,現在の時点において,あらためてその法律が達成しようとしている目的を検討し直し,その目的達成に沿うように合理的に解釈するということになるのです。したがって,必ずしも立法者意思にはとらわれません。
19 趣旨からの解釈
目的論的解釈は,「趣旨からの解釈」とも言います。
法学を学習していると,「この条文の趣旨はこれこれである。したがって,この条文のこの文言は,これこれと解釈すべきである」というような文章が,きっとたくさん出てくることでしょう。
趣旨からの解釈が,法解釈の基本です。先ほど申し上げた解釈技術のうちどれを選ぶかは,その条文の趣旨から検討して決定するということになります。
20 趣旨からの解釈を行うためには
それでは,どのように趣旨からの解釈を行えばよいのでしょうか?
既に申し上げたように,とりあえず,その法律の目的ないし趣旨は何なのかを検討することになります。
ただ,これが簡単ではありません。
そもそも趣旨をどのようにしてとらえるのかが難問の場合があります。その法律が制定された歴史的経緯を探求したり,現在においてどのような機能を果たしているのかを検討したりしなければなりません。深い研究が必要です。
21 法律はバランスを考えている
また,法律の目的ないし趣旨が,一つの方向だけの単純なものではないことも多いのです。社会は非常に複雑で,あちらを立てればこちらが立たずです。法律によってある政策を達成しようとすれば,各方面に影響が生じます。よって,高度の政策的判断によりバランスをとっているのです。
例えば,著作権法について見てみましょう。著作権法の第1条には,法の目的が書いてあります。この条文によれば,著作権法の目的は「文化の発展」であることは明らかです。
そのためには著作者の権利を保護すれば,より積極的な著作活動をすることになるだろうということで,「著作者の権利の保護を図る」ことで文化の発展を促そうとしているわけです。
ところが,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ」という一言がのっています。著作物も人々に利用してもらわないと何の意味もないわけですから,著作者の権利を保護しすぎて人々が利用できなくなってしまっては本末転倒です。
そういうわけで,著作権法は,著作権の保護だけでなく利用者の保護も図っており,両者のバランスをとろうという法律だと言えます。
22 解釈においてもバランスを考えなければならない
法律がこのようにバランスを考慮して作られている場合には,その解釈にあたっても当然,バランスを考えなければなりません。
ある解釈を採用することでどのような利益が守られるのか,他方でどんな利益が損なわれるのかをよく吟味する必要があります。反対側の利益への配慮は必要不可欠です。一面的な議論ではまったく説得力がありません。解釈において,反対利益への配慮を忘れないようにしましょう。
このようにバランスを考えるというのは,民法をはじめとする私法の分野において顕著です。具体的なことはあらためて民法入門で学習しましょう。
23 結論の妥当性や解釈の論理性も必要
その他,その解釈を採用することによって導かれる結論が妥当かどうか,あまりにも突拍子もない結論ではないか,類似事例と大きな差が生じすぎてはいないかといったところも問われます。結論の妥当性です。
さらに,その他の条文解釈と整合しているか,行き当たりばったりの解釈になっていないかというところも問われます。解釈の論理性です。
法解釈にあたっては他にもいろいろな考慮要素があるようです。しかもそれぞれの法で異なっていたりします。抽象的に法解釈を論ずることは難しいので,これくらいにしておきます。あとは実際に法学を学習する中で身につけていきましょう。
24 法解釈の学習方法
多少なりとも,法解釈の難しさが伝わったでしょうか。
しかし,前回お話ししたように,法学を学習するのであれば,既に判例や学説が行っている解釈を学べば十分です。ゼロから歴史的経緯等を研究する必要はありません。
ただし,判例や学説が,なぜそのような解釈を採用したのか,条文の趣旨をどのようにとらえているのか,どのような利益に配慮しているのか等について,きちんと理解するようにしましょう。
また,そもそも大前提として,なぜその解釈が問題となっているのかも忘れないで理解しておきましょう。条文の文言が不明確だから等の理由からでしたよね。どのような理由で解釈問題が生じているのかの理解も大切です。
25 ところで事例問題1で考えると
事例問題1にもどり,趣旨からの解釈をしてみましょう。
立て看板の規定の趣旨がどのようなものなのかは,その立て看板を立てた人の意思を考えてみる必要があります。どのような経緯で規定されたのかも重要な資料です。また,現在どのような機能を果たしているのかは,その公園がどのような状況なのか,人々にどのように利用されているのかを調査する必要があるでしょう。
しかし,そのような資料はなく,問題文にも記載されていませんので,ここは推測するほかありません。
そうすると,おそらく「車が公園に入ってくると,公園で遊んでいる子ども達に危険で仕方ない,だから立ち入りを禁止するのだ」ということなのではないかなあと思われます。そうであれば,「子ども達の安全を守る」という目的に照らすと,子ども達にとって危険なものはなるべく立ち入りを禁止したいところです。できる限り「車」は広く解釈したほうが子ども達の安全は守れそうですから,縮小解釈よりは拡張解釈が妥当でしょう。
ただ,あまり広く解釈すると,車椅子や乳母車もダメなのかという問題も出てきます。子ども達に危害を生じるおそれはありませんので,これらは含まないという解釈になりそうです。
26 事例問題1における反対利益への配慮
さらに類推解釈までするかというと・・・どうなんでしょうね。
そして,広く解釈すればするほど,立ち入れなくなる「車」が増えていくわけです。制約されてしまう側への配慮,すなわち反対利益への配慮が不可欠です。
自動車ならあえて公園の中を走る必要はなく,外の道路を走ればいいように思えます。公園を走らないといけない特別の事情があれば別かもしれませんが・・・ちょっと思いつきません。
自動車以外の車についても,拡張解釈して「車」に含むとするのであれば,同じようにフォローを考えておく必要があります。類推解釈する場合も同様です。
そもそも「幼い子どもを守るためなのだから,車の利用者は,多少の不便は我慢しないと仕方ないよね」とも思えます。
余談:効果が刑事罰の場合
この立て看板では,効果は「公園に立ち入るべからず」というものでした。
しかし,それにとどまらず,例えば「立ち入ったら死刑」などという物騒なものだったという場合,どうなるでしょうか。「死刑」はさすがに荒唐無稽ですが,何らかの刑事罰が科されるくらいならありえそうです。
このような場合,死刑ないし刑事罰という重大な効果が生じるということも解釈にあたって考慮に入れなければなりません。死刑や刑事罰を受けてしまう側への配慮です。詳しくは刑法で学習しますけど,刑法では刑事罰という重大な効果が生じることから,解釈の論理性が非常に重視されています。また,類推解釈は言語道断ということで,刑法では禁止されています。
27 法学入門終了
長かった法学入門も,これにて終了です。
皆さん,晴れて入門段階は修了です。『初伝』を授与します。あっても何の得にもならないかもしれませんけど,達成感が得られるかもしれません。
それでは,憲法か民法の学習へと進みましょう。