末広嚴太郎先生は主に大正から戦前の時代に活躍された民法学者です。「嚴太郎」と書いて「いずたろう」とお読みします。「げんたろう」でも「がんたろう」でもありません。教え子の東大生からは「ガンちゃーん」と呼ばれていたというエピソードが団藤重光『わが心の旅路』に紹介されていました。親しみやすいお人柄だったようです。
一般にもわかりやすい本を多く執筆されており,その中には『嘘の効用』という名著もあります。これは青空文庫にも収録されており,法学道場からもリンクはってあります。名著ですし復刊されているようですので,買って読むのもよいと思います。
今回は『法学入門』を取り上げます。
序文に「昭和9年4月」とあり,執筆されたのは80年以上前ということになります。とても古い本ですが,今回読み返してみても,興味深いところが多くありました。内容が古くならないのは名著の証です。
この本の大きな特色が,会話形式で執筆されているところです。法学書にもたまに会話形式のものはあるんですが,優秀な学生と偉い先生の高尚なやりとり,つまり難しい会話のものが多いです。ところが,この本では,素人のおっさんと思われる人と大学教授と思われる人がざっくばらんに会話しており,非常に読みやすいものになっています。
この本は『法学入門』というタイトルではありますが,通常の法学入門とは異なる構成になっています。通常の法学入門であれば,法とは何かという高尚な話から始まり,憲法・民法・刑法・・・と各法が広く満遍なく説明されるのが一般的ですが,本書はそのような構成にはなっていません。
末広先生は,法律学は医学や工学と同じく実践的な学問なのだから,理論はもちろん大事だけれども,まずは法律の実践運用術を修得しなければならない,水泳に上達したければ遊泳術(理論)をマスターするよりもとにかくまず泳げ(実践)というのと同じだとおっしゃいます。なんで水泳の例えが出てくるんだろうと思っていましたが,末広先生は水泳にも大変堪能だったからのようです。
そして,法律学に入門するなら,法学通論なんか読んでいないで,民法とか刑法とかをコツコツ地道に研究していくのが一番確かだとおっしゃいます。私も全面的に賛成です。通常の法学入門を読んでいても,なんとなくわかったような気はするが実際にはさっぱりわからないということが多く,法学入門をじっくりやっている暇があったらさっさと民法あたりを勉強するほうが早いでしょう。
そういうわけで,つまり本書は法学入門によって法学入門を否定しているというわけでイカしていますね。
第四話「法律の解釈・適用」と,附録の「法学とは何か-特に入門者のために-」も勉強になります。私もこのあたりはいっぱい線を引きました。
本書によると法学入門を読む必要はないということになりそうですが,法学を学ぶ前に目を通してみるのもよいでしょう。