1 前回のおさらい・その1
まずは前回のおさらいからです。
昔々の時代では,古来からの慣習や伝統が世の中を支配しており,法も慣習に由来するものでした。法とは古き良き法のことであり,人が作るものではなくすでに存在しているもの,したがって見つけるべきものでした。神様が出てきた後の時代では,法は神様によって与えられたものとされ,ますますこの考え方が強化されました。
国家も王様も法の下にあり,人が法を作ることは許されるものの,神様の法に反することは許されないとされました。そういう形で王様の権力を拘束していたわけです。
2 前回のおさらい・その2
これに対し,君主は法から自由であるという考え方がありました。
法はあくまで人が作るものであり,立法者たる王様は何の制約もなく意のままに自由に法を作ることができるという考え方です。王様は至高の存在ということになります。
自由に権力を行使したい王様はこの考え方を採用し,王様の権力を拘束したい貴族らとの間で争いになったのでした。
補足:意思vs理性
駒村圭吾『主権者を疑う』(ちくま新書)P.63~にも,法は慣習なのか,それとも主権者の命令なのか,中世は両者の攻防の歴史だったという記述がありました。
そして,もし主権者の命令だとすると,主権者の意思の恣意性に深刻な不安が生じる,そのために編み出されたものが自然法であり,自然法とは神の摂理の現れである永遠法を人間が理性で読み解いたものとされていました。
つまり,恣意的な意思に対し,理性(ロゴス)が制約するという構図です。これが神学・法学の伝統とされています。意のままという混沌に対し,理性をもって秩序をもたらすのが法学というわけです。
余談:カエサルとアウグストゥス
ユリウス・カエサルはローマのスーパーヒーローですが,政治にも軍事にも抜群の才能を有しており,人間的な魅力にも溢れていて,女性にはモテモテでした。しかし,ブルータスお前もかということで,道半ばに暗殺されてしまいます。
カエサルの後継者だったアウグストゥスは,カエサルほど才能豊かではありませんでしたが,ローマの内乱を鎮め,ローマ帝国初代皇帝となります。
アウグストゥスが優れていたのは,元老院の顔を立てて尊重し,表向き尊重しているふりをして元老院を満足させつつ裏では慎重に実権を握り,握った実権を活用して望む政策を実現していったところのようです。それが賢明なやり方というものなのでしょう。
こういうところからすると,賢明な王様は法の支配に服するという顔をしつつうまく議会を操って利用していたのかしらんと,塩野七生『ローマ人の物語』を読みつつ思いを馳せるのでした。
3 風雲急を告げる
前回,本国議会において,植民地に課税する法案が成立したところまでお話ししました。今回はその続きとなります。
課税しようというこの動きに対し,植民地は猛烈に反発します。風雲急を告げるという情勢になってきます。
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「本国議会はわしらに課税する法案を成立させよったみたいやで。あいつら,ついにやりよった」
「なんとかしないといけないね」
「何かいい知恵ないんか。もう反乱起こすしかないか」
「いきなり暴力に訴えるようでは単なる暴動にしかならないよ。そんなんじゃ,穏健派の人々の支持が集められなくて,一致団結できないよ。こういうときは,まずは理論武装しないといけないね」
「理論武装っていうけど,どんな理屈でいくんや」
「植民地のことは植民地議会が決めるというのがこれまでの伝統であり,国制(constitution)だよね。したがって,今回の件は国制違反と言える」
「なるほど,国制を持ち出すんやな」
「植民地議会が決めるってことは,伝統っていうだけでなくて,昔の国王が出した特許状にも書いてあるよね」
「そうや,書いてある」
「それに,本国議会には植民地の代表は入ってないよ。『代表なければ課税なし』。この点も国制違反と言えるね」
「その通りや。代表を送れるんやったら,わしらも喜んで税金を払ってやるわ」
「じゃあ,オリーブの枝をもって本国に請願にいこう」
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4 植民地間の足並み
植民地も,初めから一枚岩というわけではありませんでした。
そもそも植民地は10以上あり,独立に対しては温度差がありました。
5 穏健派
課税に対して反対という点では一致していました。そこで,本国の動きにどう対応しようかと,各植民地の代表者が集まって会議を開きます。
自分たちも本国の一員であり王様の臣下なのだという意識を持っている人が,多数いました。もともと本国から海を渡ってきた人々だったのですから,当然です。
そのため,会議では,反対する方法は合法的なものにとどまるべきであり,野蛮な暴力に訴えるべきではない,まして独立や戦争なんてとんでもない,理性的な対話によって解決すべきという意見が主流を占めました。
6 対話路線へ
植民地を一本化するために,独立派は策をめぐらし,いったん穏健派に譲歩して本国と対話することに賛成します。そうしておいて,裏では着々と戦う準備をしていたことでしょう。
こうして,植民地と本国との間で対話が始まります。
実際には請願は突っぱねられたので対話にならなかったんですが,以下は,水面下等できっとこんなやり取りがなされていただろうというフィクションです。
余談:ドラマ『ジョン・アダムズ』
アメリカの初代大統領はジョージ・ワシントンですが,二代目大統領はジョン・アダムズです。
ジョン・アダムズを主人公にしたドラマ『ジョン・アダムズ』には,植民地の人たちも裁判や会議の終わりに「国王陛下万歳」と唱和している場面があります。自分たちは国王の臣下だという意識が見てとれる場面です。「おまえらの王様だ」と毒づく場面も差し込まれていましたけれども。
また,王様のために働く公職につかないかと誘われ,ジョン・アダムズが迷う場面もあります。植民地の人間であるジョン・アダムズにとっても,公職につくことは名誉なことであって,気持ちが揺れたようです。
このドラマは大変面白く,憲法の勉強にもなるのでおすすめです。
余談:オリーブの枝請願
最後にとうとつにオリーブの枝が登場して何だと思ったかもしれませんが,オリーブの枝は聖書に由来する平和の象徴だそうです。国連の旗にもオリーブの枝が描かれています。植民地が本国と話し合う際に,穏便な話し合いになるようにという願いを込めてオリーブの枝請願と名づけたそうです。
このオリーブの枝請願は,実際には序盤ではなく後のほうに出されました。王様に対する最後の諫言としてなされました。
正確な歴史を学びたい方はゴードン・S.ウッド『アメリカ独立革命』などがよいでしょう。アメリカンセンターJAPANにある「国務省出版物・歴史」(https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/)もすごく良い内容です。ここには良質のコンテンツがそろっているのでおすすめです。
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「植民地は何と言ってきたのじゃ」
「国制違反と言ってます」
「国制を持ち出してきたか」
「あのう,そもそも国制って何でしょう?法の一つですか?」
「国制というのは文字通り国の制度,つまり国の統治の仕組みのことじゃ。国家統治の仕組みに関する法という意味もあるから,その点では法の一つとも言える」
「高次の法と同じものですか?」
「王様が従うべき法という意味では同じものと言ってもいいじゃろう。厳密には違うようじゃが」
「じゃあ,もし違反しているとなると王様も責任を問われてピンチですね。ギロチンですかね」
「他人事ではないぞ。そのときはおまえも道連れじゃ」
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7 国制違反
植民地の人々は,国制違反という理論によって本国に対抗しました。
1日目にお話ししましたが,「国制」というのはconstitutionのことであり,constitutionには国の構造や国のかたちといった意味のほか,さらに国の根本法,憲法という意味もありました。覚えていますか。
余談:小説『ミドルマーチ』
1871年に刊行されたイギリス小説,ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』を読んでいたら,国体(コンスティテューション)に害を与えているという文章がありました。「コンスティテューション」はこういう使い方をされていたのかと感心しました。
この小説に限らず,注意しているとあちこちで「コンスティテューション」「国制」という言葉に遭遇します。古くはプラトンやアリストテレスも国制を論じています。バジョット『The English Constitution』という本があるのですが,岩波文庫では『イギリス国制論』と訳されています。
8 ようやく憲法の登場
constitutionを「国の根本法」という意味で使う場合には,「法」というところを強調するため国制でなく「憲法」とするほうが適切でしょう。
ところで,「国制違反」というのは,本来あるべき国家の仕組みに現実の国家権力が違反しているという意味です。つまり,本来あるべき国家の仕組みを定めた法違反というわけです。なので,この場合の「国制違反」は「憲法違反」とするほうが適切なのだろうなと思います。
ようやくお待ちかねの「憲法」が登場しました。憲法の話をするためにこうして長々と話をしているんですが,忘れてませんよね。
9 法に基づく統治
王様も法の下にあるという考え方を,植民地も受け継いでいました。
なので,植民地は,王様も法の下にある,だから国家の統治は憲法に基づいて行われなければならない,憲法に違反した統治は許されない,植民地への課税は憲法に違反しているから許されない,という理屈で本国に反抗したのです。
補足:高次の法と憲法
ここではさらりと「法」を「憲法」に言い換えています。しかし,法の支配における法すなわち高次の法と,憲法とは同じものかというと難問です。そもそも時代背景も元となる理論も違うので比較できないものなのかもしれませんが,比較してみましょう。
まず,高次の法があらゆる法の中でもっとも上位のものであるのに対し,憲法は,国の統治という部分についてのみの根本法です。
また,高次の法は,あらゆる時・ところ・社会に妥当する法であり,正義のことです。これに対し,国の統治というものは,それぞれの国の伝統や慣習や個性といった独自性によって様々です。したがって,憲法もさまざまなものがありえるでしょう。この点でも異なると言えます。
しかし,高次の法も憲法も,王様でさえ従わないといけない法であるというところは共通しています。
とりあえず,憲法は高次の法のうちの統治に関する部分のことであり,かつ,それぞれの国において独自に発現したもの,と考えておくことにしましょう。
10 立憲主義
このような考え方,すなわち憲法に基づいて統治を行うべきという考え方を「立憲主義」と言います。ひとまずそう言っておきます。ひとまずというのは,やっかいなことに立憲主義という言葉も多義的だからです。超重要概念であるにもかかわらず。
余談:constitutionalism/憲法主義
立憲主義とは,その言葉からすると憲法の顔を立てる主義という感じがしなくもないですが,そうではなく,憲法に立脚して統治するという意味です。
constitutionalismの訳語ですので,「憲法主義」という訳のほうがより直接で分かりやすかったような気もします。ちなみに南野森先生が『憲法主義』という本を出しておられます。
11 国家あるところに憲法ありと立憲主義
1日目に,国家があれば必ず憲法があるというお話をしました。国家にはなんらかのルールが必須というお話でした。
たとえば,王様が好き勝手できるという国家もありえますが,その場合の憲法は,王様はどんな横暴なこともできるというものになるでしょう。
しかし,このような憲法では,王様が何をしても憲法違反となることはありません。したがって常に憲法に基づいた統治がなされており,立憲主義が実現しているということになってしまいます。そんなことではあえて「立憲主義」とか「憲法」とかいう意味がありません。
12 法の支配と立憲主義
そもそも法の支配という考え方が出発点です。法の支配の下では,王様の上に法があるのだから王様は好き勝手できないとされていました。この考え方が発展し,王様は法にのっとって国家の統治をしなければならない,そしてこの場合の法とは憲法のことだ,となったわけです。つまり,王様に好き勝手をさせないというところが主眼です。
そうすると,「憲法」は王様の好き勝手を許すような内容では意味がありません。「立憲主義」は王様の権限を制約するところが本質というべきでしょう。
13 あらためて「立憲主義」
そこで,国家の統治は憲法に基づいて行われなければならないというにとどまらず,国家権力は憲法によって制限されなければならないという内容も追加しましょう。これを「立憲主義」と言います。
補足:立憲主義も多義的
このように「立憲主義」とは国家権力は憲法に基づいて行われるべきだ,憲法で国家権力を制約しようという考え方です。
立憲主義が多義的というのは,これにさらに内容を付け加えるかどうかというところです。
単に国家権力を制約しているだけでは足りず,さらに内容を加えたものこそが立憲主義なのだという考え方があり,その考え方のほうが主流です。
ではどんな内容が加わるのかという話になりますが,それはこれからまた出てきます。
14 憲法を武器に
植民地は理論武装し,国家権力は憲法によって制限されていることを前提に,植民地への課税はその制限に反しているから憲法違反だと論じました。このように,憲法は,国家権力に対する武器として用いることができます。
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「植民地の言うとおり,植民地に課税する法律が憲法に違反していたとしたら,この法律はどうなるんですか?」
「憲法のほうが法律より上じゃから,そんな法律は無効じゃろう」
「でも,この法律は,王様が勝手に作ったわけではなく,きちんと議会で成立しています。それでも無効になってしまうんですか?」
「たしかに,無効にはならないと主張する者もおる。しかし,議会も王様も憲法には従わないといかんのじゃから,憲法違反の法律はやはり効力を認めてはいかんじゃろう」
「そうすると,植民地は痛いところを突いてきたわけですね」
「つまるところ,問題は,憲法に違反しておるかどうかじゃ。違反はしとらんはずじゃ」
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15 憲法に違反する制定法の効力
立憲主義だからといって,憲法違反という事態が生じた場合にどうなるのかは考えなければならない問題です。制定法が憲法に違反しているような場合に,その制定法は効力を認められないのでしょうか。
この問題は,王様が一存で制定したわけではなく,議会で成立しているところをどう考えるかになります。
憲法に違反することは許されないにせよ,もしそういうことが起きてしまっても制定法が当然に無効というわけではない,議会は自発的に制定法を改廃する義務を負う,議会が廃止するまでは制定法は有効と考えることもできます。
しかし,憲法は王様に限らず国家権力全体を制約するものであり,したがって議会も憲法に制約されていることになります。そうすると,議会はそもそも憲法から許されている範囲でしか権限を有しておらず,憲法に違反するような法を制定する権限はありませんので,制定法は当然に無効だとなるでしょう。
補足:ボナム医師事件
かつて,ボナムという医師が許可なく医療行為を行なったとして,医師会によって投獄されるという事件がありました。医師会は制定法によって医師の営業許可権を与えられていたようです。この事件が裁判になり,審理した裁判官の中にコークがいました。前回も少し登場したあのコークです。
コークは判決の中で,コモンローに違反する制定法は無効と述べました。正確には「議会の制定した法が一般的な権利と理性に反する場合,コモンローがそれをコントロールし,その行為を無効と裁定する」と述べたそうです。
ここから,憲法に違反するような制定法は無効であるという理論が誕生したと高く評価されています。植民地議会も,このコークの理論からすれば課税する法律は無効になると主張したこともありました。
もっとも,コークの判決からはそこまでは言えないんじゃないかという批判も強いので,興味のある方は調べて研究してみましょう。
補足:憲法違反を誰が最終的に判断するのか
憲法に違反した制定法の効力をどう考えるかという問題は,さらに,誰が憲法に違反しているかどうかを判断するのかという問題にもつながります。
もちろん,国家権力が自ら判断し,そもそも憲法に違反しないように行動すべきです。
しかし,わざとでなくとも,時代の変遷や複雑な問題や何かの間違いといった諸事情によって,憲法に違反してしまうことはありえます。そのような場合に,誰が最終的に判断するのか,という問題です。
これもまたあとで出てきますので,ここではこれくらいにしておきます。
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「では問題点を整理してみよ」
「①本国議会には植民地の代表者が入っていないから『代表なければ課税なし』に反するのではないか,②植民地のことを本国議会が決めることはできないのではないか,という2つが問題になっています」
「どっちも憲法には違反しとらんとわしは思うぞ」
「論破できますか」
「理論闘争には正々堂々と理論闘争で立ち向かうのじゃ」
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16 憲法論争
もし植民地への課税が植民地の言うとおり,憲法違反だとしたら,法律は無効になるわけですし憲法違反という問題を起こした責任も問われて大変です。ですので,植民地が仕掛けてきた憲法論争に対し,本国も理論で応戦します。
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「まず①じゃが,代表というのは地域の代表ではなく国家の代表のことじゃ」
「と言いますと?」
「国家の代表とは,植民地も含めた国家全体の代表ということじゃ。議員はひとたび選出されたからには国家全体を考えるべき立場になる。したがって,本国で選出された議員といえども,植民地も含めた国家全体のことを代表しておると言えるのじゃ。つまり,植民地はちゃんと代表されておる」
「なんだか,へりくつのような気もしますが」
「だいたい,先祖が署名した文書には『代表なければ課税なし』とは書いてないはずじゃ」
「たしかに,課税するには議会の同意を得なければならないと書いてあるだけですね」
「じゃから,『議会の同意なければ課税なし』はあるものの,『代表なければ課税なし』は憲法の内容でないとわしは思うぞ。憲法の内容ではないんじゃから違反もしようがないわ」
「それはもっとへりくつっぽい気がしますが」
「つべこべ言うな」
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「代表なければ課税なしや,憲法違反や」
「いえいえ,本国議会の議員は国家全体の代表ですので,代表はいます」
「わしらの代表はおらんやないか。わしら植民地には一議席も与えられてへんのやぞ」
「しかし,議席配分なんて大昔に適当になされたままなんですよ。本国でも,無人の地域になっているのに議席だけあったり,新興大都市なのに議席はなかったりしてます。植民地に議席の割り当てがなくても不思議ではありません」
「それはそういう選挙区割りのまま放置されてるのがそもそもおかしいんやろ」
「ともあれ,憲法は課税にあたって議会を通すことまでしか要求してないんですよ。議会を通したんだから憲法は守ってます」
「憲法の意味しているところは,税金を課される側の意見を聞かずに一方的に課税したらあかんってことやろ。わしらの代表がおらんのやから,意見はまるで聞かれてないやないか」
「だからそれは,あなたがた植民地のことも含めた国家全体のことを考えているんですってば。課税しないとわが国家全体が立ち行かないことはわかるでしょう?」
「立ち行かないからといって何をしてもいいってわけじゃないやろ。憲法を守ってくれさえすればいいんや」
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17 代表なければ課税なし
植民地のスローガンになった『代表なければ課税なし』は有名ですので,聞いたこともあるでしょう。
本国議会の議員は各地域の代表者によって構成されていましたが,各地域というのは本国内の各地域のことでした。植民地には議席の割り当てがなく,したがって,植民地の代表者が本国議会には存在しませんでした。
植民地の代表者たちは集まって会議を開き,「それぞれの植民地議会によって承認されるのでなく課される税金は,憲法違反である」という宣言を出します。
18 地域の代表
植民地の考え方によれば,代表というのはそれぞれの地域の代表です。地域で選ばれたのだから,その地域の利害を議会で主張するのが役目だというわけです。
この考え方によれば,議員は自分が選ばれた地域のことを最優先に考えて行動すべきであり,地域の命令に従って行動すべきということになります。
19 全国民の代表
これに対し,代表というのは自分が選ばれた地域を代表するのではない,いったん選ばれたからには地域に縛られることなく広く国家全体のことを考えて行動しなければならない,すなわち全国民の代表であるという考え方があります。
この全国民の代表という考え方では,議員は地域からは自由であり,地域に命令されることもなく自由意志で行動できることになります。
現代では全国民の代表という考え方が採用されています。
補足:選挙権がないに等しい
そうすると,先ほどの議論では本国の言い分のほうが正しいようにも思えます。
しかし,そもそも植民地に議席がないということは,植民地の人々には選挙権が与えられていないということです。つまり,議員がいくら全国民の代表だからといって,自分たちが議員を選ぶことがまったくできないようでは,議会に自分たちの意思を反映させることがで不可能です。やっぱりダメなんじゃないでしょうか。
余談:議席配分
本国議会の議席配分は,長い歴史の中でかなりおかしくなっていたという史実があるようです。
はるか昔に配分され,そのまま変更しませんでした。おかげで人口がたくさんいる新興都市なのに議席がなかったり,もはや無人の地域になっているのに議席があったりしていたようです。無人なのにどうやって議員を選出していたのか不思議です。
しかし,いったん決まった議席配分を是正するのは,昔も今もなかなか大変なようです。現代日本でも議員定数不均衡問題が裁判になったりしています。
20 代表なければ課税なしは憲法か
次に問題となるのは,『代表なければ課税なし』は憲法だったかどうかという点です。
本国には,憲法をまとめた成文法典がありませんでした。というか,この時代には,憲法を成文にしている国家はまだ存在しませんでした。
国の統治の仕組みは古くからの伝統・慣習に委ねられているところが多く,何が憲法なのかはっきりしないところもたくさんありました。植民地は憲法違反だと主張したのですが,そもそも憲法の内容が何であるか,明確でなかったのです。
『代表なければ課税なし』は憲法の内容なのかどうかについてもはっきりせず,そのためうやむやにされてしまったというところもあるんじゃないかと思います。
補足:法的三段論法
論理的には,まずは何が憲法なのかを確定することが先になります。何が憲法の定めるルールなのかをはっきりさせたうえで,次に,国家権力のなんらかの行為,多くは立法行為すなわち法律ですが,それがルールに違反しているのではないか,憲法違反ではないかという問題に進みます。
大前提:憲法は,課税するためには代表者の同意が必要と定めている
小前提:植民地に課税する法律は植民地の代表者が同意していない
結論:憲法違反
今回のケースでは,植民地の主張はこんな感じになります。法的三段論法です。
これに対し,本国は,大前提について,「代表者」じゃなくて「議会」なんじゃないか,もし代表者だったとしても国家全体の代表者という意味じゃないのか,と反論したわけです。本国の反論によると三段論法はどうなるか,考えてみましょう。
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「次に②ですが,王様の先祖が昔に出した特許状に,植民地のことは植民地で決めてよいと書いてあるようです」
「しかし本国議会が決めてはいけないとも書いてないじゃろう」
「たしかに書いてはいないですが,またへりくつのような気がします」
「植民地もわが国の一部じゃ。植民地は,わしや本国議会の力が植民地にまったく及ばないとでも言っておるのか」
「そこまでは言っていませんが,でもまあ,実質的には言っているようなものですね」
「もし及ばないというのなら,植民地は本国とはもはや別の国ということになるのではないか」
「理屈からするとそうなりそうです」
「そんなのおかしいじゃろう。よし,理論闘争は勝ちじゃ。突っぱねてまいれ」
「しかし,あまり植民地を追い詰めないほうがよいのではありませんか。どこかで妥協してはいかがですか」
「課税は必要なことじゃし,植民地はどうせ屈服するじゃろう。ここは強く突っぱねるのじゃ」
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「わしらは昔から,特許状に基づいて自治でやっていたんや」
「そうは言っても,植民地も王国の一部なんだから,主権者である王様や本国議会で決まった法に従うのが当然でしょう」
「特許状を無視するんか」
「ですが,逆に,王様や本国議会に従わないというのなら,植民地には主権が及ばないことになります。つまり別の国ということです。あなたがたもわが国の一員ではありませんか」
「別の国か。それもええな。交渉は決裂や。こうなったら独立や」
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21 特許状に基づく統治
植民地は10以上あって,統治の仕組みにもいろいろなバリエーションがありました。そのうちのいくつかの植民地では,王様が授けた特許状に基づく統治が行われていました。
特許状によれば,王様が植民地を直接統治するのではなく,王様が任命した総督と,植民地の人間で構成された植民地議会によって統治されることとされていました。
ちなみにこの特許状には,植民地の人々は本国と同じ自由を有すると書かれていたり,法律は人々の同意を得たうえで制定すると書かれていたりしたようです。
22 植民地の統治制度
植民地の「総督」「植民地議会」は,本国の「国王」「議会」に対応していたと言えます。
ただ,本国とは異なり,総督の力はさほど強くなく,植民地議会の力が極めて強いという状況にありました。
また,国王の特許状を基本的な法典として統治が行われていたという特色もありました。本国とは異なり,植民地では成文の法典が存在したわけです。これをないがしろにされたという点にも,植民地は反発しました。
23 主権が及ばないのはおかしい
本国の法律は本国議会,植民地の法律は植民地議会で制定するというのが植民地の考え方でした。本国のことを植民地議会が決めたりできないかわりに,本国議会も植民地のことは決めることはできないという理屈です。
しかし,そうすると,王様や本国議会は植民地のことにまったく口出しできないことになってしまう,一つの国の中に別の国があることになる,王様が主権者なんだから王様は国の一部である植民地についても統治する権力を持っているはずだ,という反論がなされました。
そもそも主権というのは最高・独立・不可分のもののはずで,つまり一つであり,本国は本国,植民地は植民地という考え方はおかしいというわけです。
補足:主権
「主権」も超重要概念です。
主権というのは,もともとは神の至高性に由来する概念であり,神の至高性を王様が引き継いで王様が至高の存在となりました。王様が国内の諸勢力よりも上位の存在として国家の統治を行うことができ,他の国や宗教に対して独立していることを意味します。
詳しいことはまたお話しします。
ともあれ,王様が主権を有しているのであれば,たしかに植民地に対して権力が及ぶはずです。この点については,本国の理屈に分があるように思います。
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「請願したけどあかんかった。突っぱねられてもうた」
「手は尽くしたから仕方ないね。正確には,手を尽くしたという形を整えることができた,と言うべきかな」
「本国はいよいよわしらを追い詰めてきとるで」
「いや,むしろ本国が追い詰めてくれたおかげで,こちらは気持ちが一つになりつつあるよ。これだけ穏便に解決しようとしたのに突っぱねられたんだから,もはややるしかないっていう空気になってる。王様に感謝しないといけないね」
「いよいよ,やるか」
「自由か,さもなくば死か。一致団結できたから,なんとかなるんじゃないかな。あと,諸外国にも応援を求めよう。本国を嫌っている国は多いはずだよ」
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24 独立戦争へ
王様は植民地に対して対話することも譲歩することもなく,あくまで逆らう奴らは反乱者であって絞首刑だという布告を出し,強い圧力をかけます。断固として課税するという方針を打ち出し,そのために軍隊を増強したり,特許状を停止したりします。
植民地の中に大勢いた穏健派は,王様も話せばわかるはずと信じていましたが,その望みを砕かれてしまいます。事ここに至ってはやむなしと次々に鞍替えしていき,植民地は独立派に一本化されます。
そして,本国の駐留軍と植民地の民兵が衝突したことで,武力による闘争,独立革命が始まります。
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「植民地の反乱をまだおさえられんのか」
「かなり手強いですね」
「こっちは正規軍で,あっちは単なる民兵じゃろ。軍事力では圧倒しているはずじゃ。なんで勝てんのじゃ」
「植民地は本国から遠くて攻めるのは大変です。兵士は到着するまでに疲れ果てているようです」
「それは最初からわかってたことじゃ」
「それに,前回の戦争で負けた他国がこぞって植民地を支援してるんですよ。ここぞとばかりに仕返ししてきました」
「他国への根回しが必要じゃったか。前回勝ったから,ちょっとなめておったわ」
「植民地といってももともと本国からの移住者なんだから,同胞でしょう。同胞同士で戦うのは兵士もやる気が起きないですよ。士気が低いです。他方で相手はやる気満々です」
「国王陛下のために一生懸命戦おうとは思わんのか」
「あと,相手の司令官は敵ながらあっぱれな人物です。作戦能力は大したことがないんですが,人格識見,勇気,統率力といった点で立派です」
「こっちには対抗できる人材はおらんのか」
「おらんことはないんでしょうが,士気が低いせいか出てきません」
「無能者ばかりじゃ」
「だいたい王様が強圧的に出るから,あいつらに一致団結されたんですよ。植民地を分断したらよかったんです。分断して統治せよって言うじゃないですか」
「わしのせいか」
「もう独立を認めちゃいましょうよ」
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25 独立,団結,そして憲法制定へ
戦いは長く続きましたが,ついに植民地が勝利します。というか,もはや植民地ではないとして,戦いの最中に「邦」(state)を名乗っていました。戦争の終結により,各邦は自由で独立した邦として承認されます。
各邦は当初ばらばらでしたが団結し(united),一つの国家となります。そして,新しく生まれたこの国家をどのような国にするのか,どのような統治のルールを定めるのかを話し合います。
それはつまり,憲法をどのように定めるのかという問題です。憲法制定会議が招集され,独立にあたって活躍していたそうそうたるメンバーが集結します。
26 また次回
いよいよ憲法制定の話になります。
きりがいいので,ここからはまた次回としましょう。
27 まとめ
成文憲法を制定したのはなぜかという問いに対しては,一言で答えようと思えば答えられるのでしょう。
しかし,きちんと理解しようとするなら,最初にお話ししたように成文憲法制定に至るまでの歴史をたどる必要がありました。だから長々とお話ししてきたわけです。
ここまでの歴史が前振りとなり,憲法制定へと至るのです。