1 キズものだったぞどうしてくれるというのが今回の内容
前回までで,売買契約において,相手方が債務を履行しない場合にどういう手段がとれるのかについての学習を終えました。
今回は,前回までの知識が前提としたうえで,買主が売主から目的物の引き渡しを受けたけれどそれがキズ物だったという場合についてのお話となります。民法の最重要論点があるところですので難しいです。
知識は積み重ねです。前提があやふやなまま無理に先へ進もうとしても,さっぱりわかりません。こつこつと着実に積み上げていきましょう。地道に積み上げていく以外に方法はありません。こつこつと積み上げていけば必ず理解できます。
2 キズ物の引き渡しは債務不履行か
もしかしたら,今回のテーマが「キズ物だった場合」と聞いて,「キズ物なんかもらっても買主はうれしくないだろう。キズ物だった場合もやっぱり債務不履行の一種なんじゃないか。買主が債務不履行の責任を負うべきじゃないか」と思ったかもしれません。鋭いです。さすがです。
ところが,理論的に考えていくと,あるいは民法の条文をもとに考えていくと,単純にそうとも言えない事情があるのです。
3 キズ物だった場合の事例問題
事例問題をもとに検討しましょう。
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<事例1>
Xは,Yが所有する建物を買って自分が住もうと思い,Yとの間で建物を1000万円で買う契約を締結した。Xが代金1000万円を支払い,Yから登記の移転と建物の引き渡しを受けた。ところが,Xが実際に住んでみると,その建物には契約前から大きな欠陥が隠れており,とても人が住めるような状態ではないということが判明した。
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「建物には大きな欠陥があった」,つまり建物は契約前からキズ物だったわけです。さほどややこしい話ではないように思えるんですが,そうはいきません。
4 キズ物であることを了解しての売買契約ではない
XY間で売買契約は成立していますので,Xは1000万円の代金支払債務を,Yは建物引渡・登記移転義務を負います。そして,それぞれ履行されています。
ところが,その建物には大きな欠陥がありました。
これがもし,最初から欠陥があることが判明しており,それを織り込んで価格が1000万円になったというのであれば,Xとしても納得してのことですからXは文句を言えるはずがありません。
しかし,大きな欠陥は隠れていたとのことですので,欠陥なしのちゃんと住める建物という前提で1000万円の値段がついたはずです。そうすると,XにはYに言いたいことがいろいろとありそうです。
5 Xの立場で考える
いつものように,Xだったらどういう主張をしたいかを考えてみます。
Xとしては,「1000万円も払ったのになめとんのか」と怒ったうえで,以下のようなことをYに対して言いたいでしょう。
①「ちゃんとした建物をよこさんかい」
②「もうええわい,こっちで修理するからその修理代払えや」「いらん手間かかったから損害を賠償せえや」
③「こんなんやったら契約破棄するから,建物返す代わりに代金1000万円返さんかい」
④「建物を修理しろや」
やたらとガラが悪いことはおくとして,内容はいずれも,常識的にもっとものようにも思えます。問題は,民法上はどうなるのか,です。
6 修補請求
①②③は,それぞれ「強制履行」「損害賠償請求」「解除」ですね。前回までで学習しました。ところが,今回は④が増えています。これは「修補請求」と言います。
7 <事例1>における①強制履行
そもそも強制履行というのは,Yがそもそも建物を引き渡さなかった場合の対抗措置と言えます。
しかし,<事例1>においては,Yは引渡しそのものはしています。ただ,キズ物だったということです。すでに引き渡しそのものは終わっている以上,引渡しを求める強制履行をしても意味がありません。
8 キズ物だった場合に別の物を請求できるか
少し話がそれます。
もし,売買の目的物が<事例1>のような建物ではなく,たとえばスコッチの女王ボウモア12年の700mlボトル1本だったとしたら,「キズ物やないボウモアよこさんかい」となるでしょう。あるいは,新刊本やら缶ビールやらでも同じことになるでしょう。これを「代物請求」と言います。
しかし,建物の場合は,取り替えがききません。この建物がだめなら別の建物というわけにはいきませんよね。そこに建っているその建物である必要があります。この場合は,別の同種の物を要求するということはできませんので,「修理してちゃんとした住める建物をよこせ」という請求になります。なので,④が登場してくるわけです。
9 特定物と不特定物
建物のように,その物の個性に着目されている物を「特定物」と言います。有名画家の絵画や中古の自動車なんかもそうです。これらを取引する場合,どの建物でもよい,どの絵画でもよい,どの自動車でもよいということはなく,特定のそれでなければならないはずです。
他方で,ボウモアのボトルや新刊本や缶ビールのように,個性に着目されておらず単に種類のみに着目されている物を「不特定物」と言います。「種類物」と言うこともあります。このような物は,どの新刊本,どの缶,どの瓶であっても別に気にしませんよね。
先ほどお話ししたとおり,不特定物の売買であれば,キズ物だったら「修理しろ」というよりも「別の物よこせ」となるでしょう。
しかし,<事例1>のような特定物の売買については,前述しましたように「別の物」がありませんので「修理しろ」となります。
10 修補請求は民法上認められているのか
<事例1>において修理を求めるXの要求は当然とも思えます。
ところが,民法上,条文が見当たりません。「修補請求権」について定めている条文がないのです。
ただ,売買契約ではなく請負契約であれば条文があります。民法第634条1項です。請負契約というのは,つまりは大工さんに頼んで家を建ててもらう契約をイメージしておきましょう。大工さんがキズ物の家を建てたような場合には,注文者は民法第634条1項によって修理を請求することができます。
しかし,売買契約にはそのような条文はありません。民法第555条,スリーファイブ以下が売買契約の条文ですが,一通り眺めても修補請求を認める条文はあませんよね。また,これまで学習した債務不履行への対応策の中でも,修補請求は出てきませんでした。
そうすると,民法第634条1項の反対解釈により,売買契約においては修補請求権は認められないことになってしまうのでしょうか。
11 履行請求権
そもそも債権というのは,債務者に対し,一定の行為を要求する権利です。
そして,民法第415条は「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」に損害賠償請求ができると規定しています。
「債務の本旨」というのは「債務の本来の趣旨」を縮めた言葉です。ごく簡単に言えば,常識的に考えて履行と言えるものでないといけないということです。
そうすると,民法第415条によれば,債権者は,まず債務者に債務の本来の趣旨に従った履行をせよと求めることができ,それがなされないときに損害賠償請求ができるということになります。
つまり,債務の本旨に従った履行をせよと求めることができるという前提部分が民法の条文では省略されてしまっているが,当然のことなので省略されただけであり,そのような権利が否定されているわけではない,ということです。この「債務の本旨に従った履行をせよ」と求める権利を「履行請求権」と言います。
補足:民法第414条も同様
また,民法第414条1項も「債務者が任意に債務の履行をしないとき」に強制執行ができると規定しています。これも履行請求権の根拠条文と言えます。
12 履行請求権の中身としての目的物引渡請求・代金支払請求
履行請求権が認められるということから,買主は売主に対し,目的物の引渡しを請求することができるということが導かれます。目的物を引き渡すことが,まさに債務の本旨に従った履行になります。逆に,売主が買主に代金の支払いを求めることも同様です。
13 履行請求権の中身としての修補請求・代物請求
また,目的物がキズ物だった場合には,債務の本来の趣旨に従った履行をせよ,つまりはキズのない完全な物を引き渡せと要求することができます。これを「完全履行請求権」と言います。追って完全なものにせよと請求する,ということで「追完請求権」と言うこともあります。
具体的には,「修理してから持ってこい」という「修補請求」や,「ちゃんとした別の物に代えて引き渡せ」という「代物請求」になります。
補足:①と④はいずれも履行請求
先ほど①「ちゃんとした建物をよこさんかい」は強制執行だと申し上げました。しかし,「よこせ」という側面だけだと引き渡しを強制執行するということになりそうですが,「ちゃんとした」という側面からすると「修理してちゃんとした建物にしてからよこせ」ということになりますので,それはすなわち④ということになります。つまり,①④はどちらも債務の本旨に従った履行を求めるということで同じものだったと言えます。
14 Yが債務を履行していなければXは履行を求めることができる
完全履行請求権が認められるということで<事例1>については問題解決のようです。XはYに対し,完全履行請求権を行使し,「債務の本旨に従った履行をしろや,完全履行しろや,つまり修理しろや」ということで,修補請求ができそうです。
15 Yは債務を履行しているとも言える
しかし,むしろ問題はここから始まるのです。
というのも,Xの「債務の本旨に従った履行をしろや」という主張に対し,Yから「いやいや,私はきちんと履行してますよ。ちゃんと建物をあなたに引き渡してるでしょ?それで十分なはずです。これ以上履行せよと言われても困るんですが」と反論されることが考えられるのです。
そんなアホなという感じもしますけれど,実は,このYの反論を認めるのがかつての通説だったのです。
16 特定物のドグマ
Yが言ったような反論のことを「特定物のドグマ」と言います。
「特定物」というのは,先ほどお話ししたように,その物の個性に着目されている物です。「ドグマ」というのは宗教上の教義,あるいは凝り固まった考え方のことです。
余談:ドグマ
「ドグマ」なんていうと,なにやらかっこよさげですよね。ドグマ。初めて聞いたときは意味もなくしびれました。
しかし,いい意味で使われているわけではなく,融通のきかない固定観念とか,独断的な考えといったニュアンスの悪い意味で使われています。この考え方を批判した北川善太郎先生が命名したとのことです。
17 特定物のドグマの考え方
特定物のドグマは,次のように考えます。
特定物の売買においては,たとえキズ物であったとしても,目的物が特定物である以上はその物を引き渡すしかありません。つまり,特定物を引き渡すべき場合は,キズがあろうとその物を引渡しさえすれば,それで債務の本旨に従った履行となる,裏返して言えば債務不履行にはならない,ということです。
キズ物でもいいというあたりが少しおかしな感じもするんですが,特定物のドグマはこのように理論を貫きます。だからこそ「ドグマ」だと批判されたわけです。
補足:民法第483条
特定物のドグマの根拠規定として,民法第483条が挙げられることもあります。
補足:瑕疵の存在時点(法定責任説)
法的責任説では,売買契約時点の状態のまま特定物を引き渡せばそれでよいということになります。よって,瑕疵は,売買契約時点のものをいうことになります。
18 債務不履行にならないからこそ担保責任
特定物のドグマによれば,<事例1>でもYは建物を引き渡していますから,債務不履行はありません。したがって,Xは,債務不履行に基づく②③④いずれの手段もとれないことになりそうです。
しかし,そんな結論になってしまうと,代金1000万円に見合う建物だと思って1000万円を支払ったXが気の毒です。バランスがとれません。民法ではバランスが大切です。
そこで,民法は,そういう事態の救済のために,売主に「担保責任」を課すという条文を置きました。それが,民法第570条,いわゆる「瑕疵担保責任」の規定です。
19 瑕疵担保責任の内容
民法第570条本文は,「売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第566条の規定を準用する」という規定です。そして,民法第566条によれば,買主は解除や損害賠償請求ができます。④の修補請求については規定がありませんが,②③は可能です。
「瑕疵」というのは,通常有すべき品質・性能を欠いていることを言います。「瑕」も「疵」もキズのことですので,瑕疵とは要するにキズのことです。また,「隠れた」と言えるためには,買主がその欠陥に気づいておらず,しかもそのことについて過失がないことが必要です。つまり,買主が善意無過失であることが必要です。
逆に,売主の過失については規定されていませんので,売主に過失がなくても責任を負います。「無過失責任」と言います。
このように,民法第570条本文は,目的物にキズがあり買主が善意無過失でさえあれば,売主に過失がなくても,買主は解除や損害賠償請求ができることを規定しています。
補足:無過失責任
帰責事由がなくても責任を負う場合を「無過失責任」と言います。帰責事由があってはじめて責任を負う場合は「過失責任」です。通常は過失責任です。民法第415条や民法第709条がそうでしたよね。
20 法定責任説
特定物のドグマから出発し,キズ物を引き渡しても債務不履行とはならない,そこで買主の救済のために民法第570条があるのだと考える学説を「法定責任説」と言います。
債務不履行とはならないけれども,特別に民法が,売主に解除権や損害賠償請求権を与えるために民法第570条を定めたのだ,という考え方です。
21 法定責任説への批判
この法定責任説が通説だったのですが,法定責任説に対しては強い批判もありました。
たしかに,この世に1枚しかない名画の売買なんかでは,その名画にキズが隠れていたとしても,そのまま名画を引き渡すことになるでしょう。
しかし,中古の自動車や<事例1>のような建物について,キズ物でも何でも引き渡したらそれで債務の履行なんだという特定物のドグマの考え方は,少しおかしな感じがします。このような場合には,やはり修理なり交換なりを要求することが認められてしかるべきという感じがします。
ところが,法定責任説では,民法第570条に規定されている解除や損害賠償しか認められません。修理や交換を要求するためには,先ほどお話ししたように,前提として「そもそも債務の履行ではない,不完全な履行である,よって完全な履行をせよ」と言えなければならないのです。
22 契約責任説
有力説は,特定物のドグマの考え方そのものを否定します。つまり,特定物の売買においても,売主は,代金相応の品質の物を引き渡す義務があると考えます。これを「契約責任説」と言います。
契約責任説では,代金相応でないような物を引き渡したような場合は,債務の本旨に従った履行とは言えませんから,債務不履行に該当することになります。
債務不履行に該当すれば,Xは,①~④まで全部請求することができます。まあ,①と④は同内容ですけど。
補足:瑕疵の存在時点(契約責任説)
契約責任説では代金相応の物を引き渡したかどうかが問題となりますので,瑕疵は引渡の時点のものをいうことになります。
23 契約責任説の難点
ただ,契約責任説にも難点があります。
債務不履行に該当するというのであれば,上述のように①~④まで全部認められるわけですから,それで十分なように思えます。
しかし,民法第570条がわざわざ規定されているのは,いったいどんな理由からになるのでしょうか。法定責任説のような説明ができませんので,別の理由を考える必要があります。難問です。
24 契約責任説における民法第570条の説明
民法第570条の瑕疵担保責任は,先ほど申し上げたように,一般の債務不履行責任と異なり売主に過失がなくても責任が発生します。ということは,売主の責任が重くなっているということです。売買においてお金を支払う買主を保護するため,一般の債務不履行よりも特に売主の責任を重くしたと言えます。
他方で,民法第570条では,時効期間がわずか1年となっています。目的物にキズがあるかの確認をさっさとさせることで,だいぶ時間がたってから文句を言われるようなことを防ぎ,売主の責任を軽くしているとも言えます。
これらの点から,売買契約の特殊性に基づき,一般の債務不履行責任を修正したのが民法第570条なのだと考えることになります。
そして,修補請求や代物請求についてはとくに民法第570条には規定がないので,修正されてはおらず,一般の債務不履行の場合と同様に請求できると考えます。
25 契約責任説における条文の適用
このように考えると,契約責任説では,②損害賠償請求と③解除は民法第570条により,①ないし④の修補請求は完全履行請求により認められることになります。
補足:契約責任説の弱点
このように,契約責任説は,民法第570条を一般の債務不履行の特則と考えます。
しかし,一般の債務不履行なら過失責任なのに,売買契約の場合のみ売主の責任を無過失責任にまで重くするほどの必要性があるのかというと,ちょっとバランスを失するような気もします。
また,時効が1年になってしまうのは,一般の債務不履行なら民法第167条1項により10年ということと比較して,短くなりすぎているようにも思えます。
契約責任説では,民法第570条をうまく説明できていないんじゃないかと批判されていました。
補足:債務不履行責任の特則だとすると
契約責任説のように,「民法第570条は一般の債務不履行責任の特則である」とするなら,一般の債務不履行の場合の規定は全部排除されて,特則である民法第570条のみが適用されるというのが論理的なようにも思えます。
その場合には,修補請求は認められないことになります。だって民法第570条に修補請求は規定されていませんから。
しかし,契約責任説は修補請求を認めようということから生まれているので,そういう解釈はしないようです。
内田貴先生は『民法Ⅱ』において,特則という説明が適切ではなく,債務不履行責任の規定が瑕疵担保の規定を経由して適用されるというイメージだと説明されています。
補足:契約責任説というネーミング
契約責任というのは,契約したということに基づいて生じる責任です。たとえば,不動産の買主は代金を支払うということを約束して契約したからこそ,代金支払義務という責任を負うのです。約束どおりに代金を支払わなかったら,債務不履行責任を負います。したがって,契約責任イコール債務不履行責任と言っていいと思います。
契約責任説は,代金相応の目的物を引き渡さなければ債務不履行責任を負うのだ,民法第570条は一般の債務不履行責任の特則なのだという考え方ですから,債務不履行責任説というネーミングのほうがわかりやすい気がします。
26 <事例1>の結論
<事例1>の結論がどうなるかを整理しておきましょう。
法定責任説では,Yは完全に債務を履行していますので,債務不履行責任を問われることはありません。ただし,法定責任である民法第570条の瑕疵担保責任は問われます。XはYに対し,損害賠償請求ができますし,売買契約の目的である住むこともできませんので解除もできるでしょう。
他方で,契約責任説では,Yは債務を履行したとは言えませんので,債務不履行責任を問われます。ただし,特則である民法第570条の瑕疵担保責任がまず課されます。よって,法定責任説と同じく,損害賠償請求と解除ができます。また,一般の債務不履行と同様に,完全な履行を請求すること,すなわち修補を請求することができます。修補請求のところが二つの考え方の違いとなります。
27 損害賠償の範囲
なお,法定責任説と契約責任説とでは,損害賠償の範囲についての考え方も異なります。
法定責任説では,「ちゃんと履行してくれていれば,その目的物を利用してもうかったはずや!」「転売して利益が出たはずや!」という損害については,残念ながら認められません。キズ物であっても完全な債務の履行と認めるのが特定物のドグマだからです。この利益のことを「履行利益」と言います。
法定責任説においては,民法第570条は「いらない費用がかかってしまったから弁償しろ」という損害を賠償せよと言っているにとどまると考えます。ちゃんとした物が引き渡されるだろうと信頼した利益だけを賠償してもらえることになります。この利益のことを「信頼利益」と言います。
契約責任説では,キズ物の引き渡しでは完全な債務の履行ではないことになりますので,「ちゃんと履行してくれていれば」という履行利益の賠償まで認められます。
補足:信頼利益と履行利益
法定責任説だと信頼利益まで,契約責任説だと履行利益の賠償も含まれるというのが一般的な整理です。
しかし,民法第570条・第566条には「損害賠償」としか書いておらず,どう解釈するかについては,実はいろいろな考え方があります。
そもそも信頼利益と履行利益との区別はわかりにくいところもあり,民法第416条の規定の問題と考えればよいという星野先生による批判もあります。
28 不特定物売買の場合はどうか
これまで特定物売買である<事例1>について検討してきましたが,次に,不特定物売買の場合についても検討しておきましょう。
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<事例2>
Xは,Yからスピーカー1台を25万円買う契約を締結し,代金25万円を支払ってスピーカー1台の引渡を受けた。ところが,Xが受け取ったスピーカーは雑音がひどかった。そこで,Xは,売買契約を解除して代金25万円の返還を求めた。
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最高裁昭和36年12月15日判決を元にした事例です。判例百選Ⅱ(第7版)の53事件です。スピーカーを買った会社の名前をとって「塩釜声の新聞社事件」と呼ばれています。
補足:種類物の特定
不特定物すなわち種類物の売買においては,「特定」ということも問題になります。同種の物がたくさんある中で,その売買契約において引き渡すべき物として具体的に決まることが「特定」です。
イメージとしては,本屋で本を手に取ってレジで店員さんに差し出したときに特定する,という感じです。詳しくは民法第401条2項に規定されています。
特定すれば,買主はもはや「やっぱりこっちのを」とは言えなくなります。売主は,特定したその物を引き渡せば足ります。逆に,特定するまでは,売主は同種の品質の物を引き渡す義務があります。
したがって,ボウモア12年750mlのボトル1本を売るという売買契約を締結した場合,売主は,たとえ店のボウモアが全部なくなってしまったとしても,どこかからボウモアを調達してきて引き渡さなければなりません。そのような無限の調達責任からまぬかれるのが「特定」と言えます。
29 問題の所在
Xの解除が認められれば,代金の返還を求めることができるのは民法第545条1項本文に規定されているとおりです。
問題は,解除がどのような法的構成で認められるか,です。<事例2>はスピーカーという不特定物が目的物となっていますが,不特定物売買にも民法第570条は適用されるのでしょうか。それとも一般の債務不履行で考えるのでしょうか。
なぜ民法第570条か一般の債務不履行責任かを気にするかというと,要件が違ってくるからです。とくに,売主が無過失でも解除できるか,それとも売主に過失がなければ解除できないかというところが両者の大きな違いになります。
補足:解除に関する改正
ただし,前回お話ししたように,債務不履行の場合の解除については改正があり,改正民法では債務者の帰責事由がなくても解除ができることになりました。そのため,この点についての違いは改正後はなくなっています。
30 法定責任説・契約責任説からの帰結
法定責任説に立つと,民法第570条は特定物のドグマから生じる不都合をフォローするための規定ですから,不特定物売買には適用がないことになります。一般の債務不履行で処理します。
他方で,契約責任説に立った場合,民法第570条は売買契約における一般の債務不履行責任の特則という位置づけですから,不特定物売買にも適用があります。そもそも民法第570条の文言上も「売買の目的物」とだけ書いてあり,不特定物を除外するとは読めません。
以上からすると,法定責任説では過失がなければ解除できない,契約責任説では無過失でも解除できるという結論になります。
31 最高裁昭和36年12月15日判決
判決は,①買主が「瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容し」,売主に対して瑕疵担保責任を問うような事情があれば別だが,そうでないなら,②買主は目的物を受領した後でも「完全な給付の請求をなす権利」を有する,「その不完全な給付が債務者の責に帰すべき事由に基づくときは,債務不履行の一場合として,損害賠償請求権および契約解除権をも有する」としました。
32 最高裁判決について
この判決は,法定責任説に立つわけでも契約責任説に立つわけでもなさそうです
まず,①からすると,そもそも不特定物売買にも民法第570条の瑕疵担保責任が適用されることが前提となっています。実は,これ以前の判決もそのように考えていました。
他方で,①及び②からすると,「瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容」すると,民法第570条の責任しか問えなくなることになります。
33 最高裁判決への批判
民法第570条の責任しか問えなくなるということは,前述のように完全履行請求ができなくなるということであり,また1年しか主張できなくなるということでもあります。そうすると,買主がそのようなことを覚悟して「瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容」することなど実際には考えられないという批判があります。
34 民法改正により契約責任説が採用された
さてこれで話は終わりといきたかったんですが,そうすると私も楽なんですが,さらにさらに続きがあるんです。
このたびの民法改正で,この論点が解決されました。民法の最重要論点の一つがなくなってしまったんですね。かつてあんなに勉強したというのにショックです。
具体的には,契約責任説を採用することが民法に明記されました。
35 売主の義務の明確化
法定責任説と契約責任説とでは,特定物売買において,キズがあろうとその物を引き渡せばよいのか,それとも代金相応の物を引き渡すべきなのか,というところから考え方が違っていました。
改正民法第562条において,引き渡された目的物が「契約の内容に適合しない」場合には,買主は,修補や代替物の引渡等を請求できると明記されました。
ということは,前提として,そのような目的物を引き渡しても債務の本旨に従った履行ではないということです。つまり,売主は,契約の内容に適合するような物を引き渡す義務があるということになります。特定物のドグマが明確に否定されました。
補足:民法第483条も改正された
法定責任説の根拠とされていた民法第483条も改正され,特定物を引き渡すときにはまずは契約や取引上の社会通念で品質を決めるべきとされました。したがって,特定物であっても,そのような品質に達しない場合には債務不履行となるわけで,やはり特定物のドグマは否定されたと言えます。
36 改正民法における結論
契約の内容に適合しないようなキズ物を引き渡しても,債務の履行とは認めてもらえません。引き渡した時点でキズ物だったかどうか,ちゃんとした履行だったかどうかが問われます。
キズができたことについて債務者に帰責事由がなくとも,完全な履行をせよと請求されます。上述したように,改正民法第562条1項に規定ができて,この内容が明文化されました。
また,代金の減額を請求することもできます。改正民法第563条1項です。ちゃんとした履行でない割合だけ,代金も減額できるとして,売主の義務と買主の義務とのバランスをとっているのです。
そして,解除や損害賠償請求については,民法第564条が規定しています。この条文によると民法第415条や民法第541条・542条の規定が適用されるということですので,解除も損害賠償請求も,前回学習したのと同じ扱いがされるということです。
37 条文を出発点にすると
最後に,条文にのっとってまとめておきましょう。
まず,売買契約において債務が履行されない場合には,①強制履行(民法第414条),②損害賠償請求(民法第415条),③解除(民法第541条・第543条)という手段がありました。また,④修補や代物を求める完全履行請求も解釈により可能でした。
ただし,キズ物,すなわち瑕疵のある目的物を引き渡したという場合には,民法第560条が別に定めており,②損害賠償請求,及び契約の目的を達成できないときには③解除できると規定しています。
この民法第560条の瑕疵担保責任と一般の債務不履行責任との関係はいったいどういうことになるのか,条文にはまったく書いてありませんので,どのように解釈するのかが問題です。瑕疵ある目的物の引渡の場合に民法第560条が適用されるというところそのもについては争いありませんが,規定されていない④完全履行請求はどうなのかという問題とも言えます。問題の所在がやや特殊な論点ですので,注意しましょう。
38 今回のまとめ
改正によってある程度すっきりしていますが,もしかしたら「瑕疵担保責任につき,現行民法における法定責任説と契約責任説との対立及び判例の見解に触れつつ改正民法について説明せよ」みたいな問題が出題されるかもしれません。ですので,改正民法だけ覚えておけばいいじゃんと思っていると危ないかもです。
売主の特定物引渡義務についてどのような考え方に立っているのか,キズ物を引き渡した場合に債務不履行となるのか,その場合に瑕疵修補請求や代物請求は認められるのか,損害賠償の範囲はどこまでか,瑕疵はどの時点のものが問題となるのか,不特定物売買にも適用があるのか,というあたりを整理しておきましょう。
39 旧司法試験平成5年第2問
参考までに,旧司法試験の問題を一問紹介しておきます。
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<旧司法試験平成5年第2問>
A社は,B社に対し,実験用マウス30匹を売り渡した。ところが,この中に,人及びマウスに有害なウイルスに感染したものが混じっていた。その後,Bの従業員Cがこのウイルスに感染して発病し,長期の入院治療を余儀なくされた。Bは,このウイルスに感染した他のマウス200匹を殺すとともに,Bの実験動物飼育施設に以後の感染を防止するための処置を施した。
右の事例において,(一)Aに過失がなかったときと,(二)Aに過失があったときとに分けて,AB間及びAC間の法律関係について論ぜよ。
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AC間の法律関係は応用編になりますが,AB間の法律関係は解けるんじゃないでしょうか。他のマウス200匹というところも応用編ですので今は無視してもいいです。
現行法における法定責任説・契約責任説それぞれだとどうなるか,さらに改正民法だとどうかを検討してみましょう。