1 ここまでの復習
ここまで学習したことを整理しましょう。
以下のことを学びました。
①これから学習しようとしている「法」は,西洋近代由来のものである。
②近代的な法制度は,明治政府が西洋から近代国家として認められるための条件だった。
③西洋の近代国家は,身分制を打破し,自由平等を理念として成立した。
④近代国家では,社会と国家とに役割が分担された。
⑤社会についての法が私法,国家についての法が公法。
⑥私法の代表が民法,公法の代表が憲法。
⑦近代法は,国家権力を制限し,人々の自由を保障することを目的としている。
2 まだまだ序論が続きます
前回でようやく「憲法」「民法」が登場しました。話の流れからすると,本日からついに「憲法」ないし「民法」の学習を始めましょうとなりそうです。なりそうなんですけれど,まだ憲法にも民法にも入りません。もうしばらく,序論が続くのです。
え,早く本格的に勉強したい?
早く憲法1条に入れ?
いやいやいや。ここまでの学習で「法」の由来についてはある程度イメージをつかめたかと思います。しかし,「法学」のイメージは,まだつかめていないのではないでしょうか。
3 「法を学ぶ」とは?
そもそも「法を学ぶ」というのはどういうことなのでしょうか。何ができるようになれば「法を学んだ」と言えるのでしょうか。これは意外と難問です。
例えば「数学」だったら「数式の問題が解けるようになること」というように明快なんですけど。
余談:第1条から丸暗記?第1条から順番に勉強?
「法の学習」というと,「1条から全部丸暗記」「六法を丸ごと一字一句全部覚えねばならない」と思っている方が多いんですけど,それは大きな誤解です。六法を全部覚えても法学をマスターしたことにはなりませんし,そもそも丸暗記なんて無理です。
また,第1条から順番に学習していくということもありません。それも誤解の一つです。順番に条文を読んでいっても,たぶんさっぱり意味不明だと思います。第1条から読解していけばマスターできるようにもなっていないのです。
4 法学の何たるか
末広厳太郎先生も『新たに法学部に入学された諸君へ』の中で,「例えば理学部に入学して物理学を研究しようと志す学生が,物理学とは一体どういう学問であるかを知っている程度に,法学の何たるかを知って法学部に入学してくる学生は,ほとんどないのではあるまいか」と書いておられます。
末広先生がおっしゃっておられるように,たいていの方は,法学についての正確なイメージを持っていないと思います。中学や高校で法学を学ぶということもありませんし。
そこで,法の学習に入る前に,「法学を学ぶというのはどういうことなのか」について,イメージを持っておきましょう。五日目は「法学のイメージをつかむこと」を目標にします。
5 イメージを持つことで学習の能率向上
末広先生は『法学とは何か』において,「およそ学問に入る入口で,今これから学ぼうとする学問が大体どういう学問であるかについて一応の知識を持っていることが,学習の能率を上げるのに役立つことは,我々が子供の時からの経験でよく知っている」ともおっしゃっておられます。
闇雲に勉強するよりも,目標をしっかり見据えてその目標に近づく勉強をするほうが効率的なのは当然です。そういう意味でも,法学のイメージをつかむことは大切です。
ちなみに,この『新たに法学部に入学された諸君へ』『法学とは何か』は,いずれも『役人学三則』(岩波現代文庫)という書籍に入っていますので,興味のある方は読んでみてください。この書籍には名著「嘘の効用」も入っていてお得です。ネット上にも青空文庫やKindleに無料で置いてあるようですね。
6 法の構造
さて,「法学を学ぶとはどういうことなのか」ですけれど,これを知るには法の構造を押さえておく必要があります。
ここからは,法学入門っぽい,理屈っぽい話になります。これからずっとそういう話になりますから仕方ありません,がんばりましょう。
7 要件と効果
近代以降の法規範は,すべて「要件→効果」という構造で成り立っています。つまり,「ある要件を満たせば,ある効果が発生する」という形で規定されています。
論より証拠ということで,殺人罪の刑法199条をみてみましょう。別に他の条文でもいいんですけど。六法をひいてみましょう。
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人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する
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この条文から,「人を殺した」(要件)→「死刑or無期懲役or5年以上の懲役に処せられる」(効果)という構造が見て取れますよね。
単に「他人を殺してはいけません」というだけでなく,人を殺した場合にはどのような刑になるかまで,きちんと規定されているのです。これが,近代以降の法規範の大きな特徴です。
刑法199条以外の条文をぱらぱらとみてもらえますか。だいたい,こういう構造になっているはずです。だいたいというのは,中にはそうはなっていない条文もあるからです。例えばその法律の目的が書いてあったり,文言の定義が書いてあったりする条文もあります。中にはそういうものもあるけれど,だいたい「要件→効果」になっているということで先に進みましょう。
8 法の抽象性・一般性
法規範が「要件→効果」の構造をとっているということは,法が抽象的かつ一般的であることをも意味します。
抽象的かつ一般的に規定しておくことで,誰にでも平等に法が適用されるようにしたんですね。「法の下の平等」です。憲法14条に書いてありますね。
9 法による解決
このように,法規範は,ある事実が要件に当てはまるのであれば,ある効果が生じるという形で規定されています。
近代以降の法規範はこういう「要件→効果」の構造を取ることで,ある事件が起きた場合,その事件は法の定める要件を満たすかどうかを判断し,要件を満たすのであれば法の定める効果が生じる,という形で結論を出すことを可能にしています。すなわち,事件を法にのっとって解決することが可能になったのです。「法による事件の解決」です。
10 要件効果が定められていないと?
もし,法規範が存在しなかったり,あるいは存在しても「他人を殺してはいけません」という規範しかなくて要件効果が定められていないと,どういうことになるでしょうか。
実際に「他人を殺した」という事件が起きても,どういう制裁が課されるのか予測がつきませんよね。王様が好きなように制裁を決めるということになるでしょうから。
しかし,近代になってからは,そのような事態はあってはならないこととされました。事件が起きた後で王様が適当に判断して決めるのではなく,あらかじめルールとしてきちんと定めておくというのが近代の考え方です。
このような訳で,近代以降の法規範は,「要件→効果」という構造で明確に規定されるようになったのです。
11 要件効果を学習しよう
近代以降の法規範はこのような構造になっていますので,要件→効果となっている法規範を学習しさえすれば,実際の事件に法を適用して結論を出すことが可能です。
したがって,「法学を学ぶ」ということは,「要件→効果の構造になっている法規範を学習し,具体的な事件について法を適用し,結論を出すことができるようになること」だと言えます。
12 法的三段論法
この構造は,法的三段論法とも言われます。
大前提:要件→効果の法規範
小前提:ある具体的事実が要件に該当する
結論 :法規範に定められている効果が生じる
法学を学ぶというのは,この法的三段論法をマスターすることだとも言えます。
13 法的三段論法は超重要
法的三段論法は非常に重要です。法学の核心部分と言えます。
しかし,なかなかマスターできないところでもあります。司法試験に合格した人でさえも,できていない人がいるようです。
基本中の基本ですので,是非マスターしてください。
14 結論が同じならよい?
法的三段論法を用いなくとも,例えば「人を殺した奴は大変けしからん,そんな奴は死刑だ!」という判断をすること自体は可能です。誰にでもできます。この場合,その人の直感かポリシーか何かで判断していると言えます。
法的三段論法で判断した場合でも,刑法199条により「他人を殺した(要件)→死刑か無期懲役か5年以上の懲役に処せられる(効果)」となるわけですから,死刑という結論はあながち間違ってはいません。
このように,直感の判断でも結論が合っている以上,面倒な法的三段論法なんてしなくてもいいよね,という感じもします。結論さえ妥当ならそれでいいじゃん,ややこしい判断する必要ないよね,という考え方も一理ありそうです。
15 結論を導く過程が重要
しかし,直感による判断は,王様が好き勝手に判断しているのと同じです。まさにそういう事態を阻止するために,近代法は「要件→効果」の構造をとり,事件は法によって解決するのだ,としたのでした。
法による解決である以上,法的三段論法によって導き出された結論でなければならないのです。法的三段論法という思考経過をたどったという「過程」が必要不可欠です。法的三段論法をたどっていなければ,それはすなわち直感で判断したことになり,法によって解決したことにはなりません。
したがって,「結論」さえよければそれでよいというのは,「法」の観点からは大間違いの考え方なのです。
16 事例問題「二人は結婚できるか?」
とても大切なところなので,何度も繰り返して強調ておきします。
次は具体的な事例問題で検討しましょう。
<事例1>
Xさん(男性:15歳)とYさん(女性:15歳)は,まだ若いですが,熱烈に愛し合っており,将来を約束しています。いや,将来どころか,今すぐ結婚しようという話になりました。2人はたして法的に結婚できるでしょうか?
17 直感や常識等で考えるとどうか
例えば「愛し合ってるのに結婚できないのはかわいそうだよね。だから結婚できる」という意見もあるでしょう。
たしかに,愛し合ってるなら結婚していいというのは,それはそれで一つの識見だと思います。
また,「2人とも結婚できません,15歳なんてまだ若すぎます」という意見もあるでしょう。これも一つの識見です。
18 法的に結婚できるか
しかし,法的に考えるとなれば,先ほどからしつこく言っているように,法的三段論法によらなければなりません。
問題となる条文は,民法731条です。六法をひいて確認しましょう。男は18歳,女は16歳以上でなければ結婚できないと規定されていますよね。そこで,法的三段論法によると,このようになります。
法:民法731条により,男は18歳以上,女は16歳以上でなければ結婚できない。
事実:Xさんは男で15歳,Yさんは女で15歳である。
結論:Xさんは18歳未満だし,Yさんも16歳未満であるため,結婚できない。
19 思考過程を論文に示すこと
論文試験で事例問題が問われた場合には,このように,事例→法→結論という過程をきちんと答案上に示すことを決して忘れないようにしてください。そうでないと,法的に思考していることが採点者に伝わりません。伝わらない以上は,法的に思考できない人であるという評価を受けることとなります。つまり,法学の基本中の基本ができていないという評価を与えられてしまうのです。このような評価を受けては,当然,致命的な大失敗です。
勉強に慣れれば慣れるほど,どうしてもおろそかになりがちです。
法学をマスターすることは,法的三段論法に基づく判断過程・思考過程を答案上に表現することができるようになることでもあるのです。
余談:愛し合っていても駄目
ところで,この事例問題の解決では,XYの年齢だけが問題となっており,「2人が熱烈に愛し合っている」という事実はまったく無視されていることにお気づきですか。
「要件→効果」という構造からすると,要件に該当する事実があるかどうかが決定的に重要です。
逆に言うと,要件と関係のない事実は,すべてまったく無視されてしまうのです。現実の事件にはもっとたくさんの事実があるでしょうけれど,法的にはそうなってしまいます。これが,「法は杓子定規である」とされる一つの原因なのでしょう。芸術家から法学が嫌われるゆえんです。
20 事例問題が解けるようになること
さて,事例問題を解いていただきましたが,「法的三段論法をマスターする」ということは,このような「事例問題が解けるようになる」ということでもあります。「事例問題を法的に解決できるようになること」すなわち「具体的な事例を法的三段論法を用いて結論を導くことができるようになること」が法学の目標なのです。
実際,司法試験でも大学の法学部の試験でも,事例問題は頻出です。ネット等で過去問を見てみましょう。たくさんの事例問題が見つかると思います。
事例問題を解けるかどうかを問うことが,法学をマスターしているかどうか,すなわち法的三段論法を身につけており法的に結論を出す能力を身につけているを試すのにふさわしいんですね。
ですので,事例問題を法的三段論法を用いて解けるようになりましょう。これこそが,法学学習の目標なのです。
21 自分の中にプログラムを組み立てるイメージ
フリチョフ・ハフトの『レトリック流法律学習法』には,「法律学を学習する際に重要なのは,・・・事例データを処理する能力を与えるプログラムを自分で組み込んでおくことだということである」とあります。さらに,「単なる知識の積み重ねでは不十分であり,どちらかといえば有害である」ともあります。
ここに書かれているように,与えられた事例について,自分自身の中にあるプログラムを適用し,結論を出すことができるようになることだとも言えます。自分の中にプログラムを組み立てていくというイメージで学習を進めるとよいでしょう。
22 プログラムとは
コンピュータプログラムの知識がある方はイメージしやすいかもしれませんが,何のことやらという方もいるかもしれませんので,プログラムについてもう少し説明しておきます。
実際にフローチャートをお見せしたほうがはやいと思います。先ほどの民法731条ですとこんな感じのフローチャートになります。
男は18歳以上か→yes→女は16歳以上か→yes→結婚できる
↓ ↓
no no
↓ ↓
結婚できない 結婚できない
単純ですね。このフローチャートは大して難しくないと思います。ただし,ここでのポイントは,イメージできるかです。こういうフローチャートを頭の中に作っていくのだというイメージを持ってください。
これから学習を進めていくと,非常にややこしいフローチャートになることもあるでしょう。しかし,恐れることはありません。一つ一つきちんと理解して,頭の中に整理していけば必ずマスターできます。
23 まとめ
近代以降,法規範は要件→効果の構造になっています。
そうすることで,事件の解決において恣意的な判断を阻止しようとしています。
要件→効果の判断は,法的三段論法による判断とも言えます。
法的三段論法の考え方は,法学の核心部分とも言えるほど超重要です。
法による判断と言えるためには,法的三段論法によって判断がなされる必要があります。
したがって,結論さえ合っていればよいというものではなく,結論を導く過程が法的三段論法によっていなければいけません。
事件を法によって解決できるようになること,つまり事例問題が解けるようになることが法学の目標です。
そのためには,法的三段論法をマスターすること,要件→効果の構造をマスターすることが必要です。
イメージとしては,頭の中にプログラム(フローチャート)を作っていくという感じです。