民法は,市民社会の法です。
市民社会というのは,自由かつ平等な市民によって構成されている社会です。国家とは異なります。
法には市民社会における人と人との関係の法と,国家と人との関係の法の2種類があります。前者が「私法」,後者が「公法」になります。
民法は,私法の一般法になります。一般法というのは,ベースになる法というような意味です。ベースである民法を学んだうえでなければ,商法等の特別法は理解できません。
市民社会では,人は,自らの財産を所有し,他の人と交流して取引を行い,財産と財産を交換します。また,家族を形成します。
これらは自由に行われます。自由にということは,国家の介入がないということです。人は自由に取引ができます。国家から強制的に財産を取り上げられたり,取引を妨害されたりすることはありません。
そういう次第ですので,まずは市民の自由ということが大前提としてあります。市民は,誰と取引しようと自由です。取引しない自由もあります。また,どんな内容の取引であっても,相手方と合意さえ形成できたのであればかまいません。
ただし,何のルールもないというのではかえって混乱が生じますので,民法が一定のルールを定めています。
民法が定めているのは,まずは最低限のルールです。
また,約束したのに守らなかったり,想定していなかった不測の事態が起きたり,あるいは一方が他方の権利を侵害したりといった事態が生じることがあります。このような事態についてのルールも決めておく必要があります。
民法は,当事者間の利害調整ということを念頭にルールを作っています。対等の市民と市民との間のルールなのですから,どちらか一方のみを優先するとか迫害するとかはダメで,バランスよく双方の利害に配慮しなければなりません。利害調整ということは,民法を学習していくにあたっての重要なポイントになります。
民法そのものが利害調整を念頭に規定されています。条文を解釈するにあたっても利害調整という視点は必須です。
このあたりまでが,「民法入門」の内容になります。
民法には,財産についてのルールとして財産法,家族についてのルールとして家族法があります。
財産法において必要なルールとしては,以下のものが考えられます。
1.市民社会において財産を所有する
まずは,個人が財産を所有できること,裏返せば国家や他人に不当に奪われたりしないことが認められる必要があります。「所有」が出発点になります(→民法初伝一日目)。
個人が財産を所有できないようでは,財産についてのルールを作る意味がありません。財産の所有が認められ,不当な侵害に対する対抗手段が用意されてはじめて,自身の財産と他人の財産とを取引しようという話になります。用意されていなければ,力づくで奪えばよいということになってしまいます。
所有は「所有権」であり,すなわち法的な権利です。単に所持している状態のことではなく,法的に権利として認められていることが重要なポイントです。
所有をイメージすると,「人(主体)」→「目的物(客体)」となり,人と物との関係のように思えます。
しかし,法的に権利として認められるということは,他人がその権利を尊重しなければならない,あるいは人は相互に所有権を尊重しなければならないということであり,「人」→「目的物」の関係を第三者が侵害するようなことは認められないということです。
そこで,法的な権利として,上述のように対抗手段も認められているということになります。「所有権を有する人(主体)」→「侵害してきた第三者(主体)」というイメージです。
具体的には,所有については以下のようなルールを検討しました。
(1)どんなものを所有できるのか(→民法初伝二日目)
(2)所有したらどんなことが認められるのか(→民法初伝一日目)
(3)他人が侵害してきたらお金で償えと言えるのか(→民法初伝三日目)
(4)他人が侵害してきたら返せと言えるのか(→民法初伝四日目・五日目)
2.市民社会において取引して他人の財産を手に入れる
次に,完全自給自足生活をしているというごく例外的な方は別として,普通に社会で暮らしている方は,生きていくためには他人の財産を手に入れることが必須です(→民法初伝六日目)。「人(主体)」←→「人(主体)」というイメージです。
手に入れる方法としてもっともメジャーなのは,お金を支払って目的物をゲットするという方法,すなわち売買です。
民法には売買についてのルールがたくさんあります。条文が一つの場所に固まっておらず,あちこちに分散して規定されているのがややこしいところです。しかし,最初は売買におけるルールとしてまとめて理解するほうが効率的だと思います。
売買をするには,売買契約を締結することになります。売主の「売ります」と買主の「買います」とが合致すれば成立します。
売買契約が成立すると,売主には代金請求権が,買主には財産移転請求権が発生します。イメージでは「売主」-<金払え>→「買主」,「買主」-<物よこせ>→「売主」です。双方に矢印すなわち請求権が発生するというのが一つのポイントです。
また,要件:売買契約の成立,効果:代金請求権と財産移転請求権の発生,というように要件効果のルールになっているところもポイントです。民法は要件効果のルールです(→民法初伝七日目)。
通常は,お互いがそれぞれお金をお支払いし目的物をお渡しして売買契約は無事完了です。なんの問題も生じないことが大半です。そうでないと困ります。
ところが,お金を払ってもらえない,あるいは目的物を渡してもらえないという事態もありえます。悪いやつがわざとしないこともあれば,ついうっかりしていたとか,あるいは事故でやむを得ず遅れたということもあるでしょう。
売買契約違反に備えてのルールが必要です(→民法初伝八日目・九日目)。
売買契約の成立によって請求権が発生しますので,「金払え!」「なんでや」「売買契約成立したやろ,合意したやろ」ということになります。請求する側は,売買契約の成立を主張すればよいのです。要件を満たせば効果が発生します。
これに対し,「合意はしたけど払わへん」という反論は成り立ちません。自由な意思に基づいて合意した以上は守らなければなりません。そういう反論をしたとしても無視されるだけで,先ほどの売買契約違反に関するルールにのっとり,強制執行されたり解除されたり損害賠償請求されたりするでしょう。
このような「金払え!」に対する反論としては,「もうとっくに払ったやないか(履行ないし弁済)」「そもそも合意なんてしてへんわ(売買契約不成立)」「合意はしたけど無効や(売買契約の無効)」「おまえかて目的物を引き渡してへんから契約解除や(解除による消滅)」といったものでないと成り立ちません。
そもそも矢印すなわち請求権が発生しているのかどうかというレベルの問題と,発生はしているけれど消滅したかどうかというレベルの問題とがあります。
いったん発生した矢印すなわち請求権は,きちんと履行されなければ基本的に消滅することはありません。ただ,履行以外のさまざまな原因で消滅します。先ほどあげた以外にもたくさんの原因が民法には規定されています。時効とか相殺とかです。
このように,事例(事例問題)を法的に検討するにあたっては,「売買契約が成立しているか」「成立しているなら売主と買主との間にそれぞれ矢印が発生している」「発生した矢印はどうなったか,履行されたか,他の理由で消滅しているか」というように分析していくことになります。
また,売買契約においては,目的物を引き渡すにあたって特別なルールがあります。目的物がキズ物だった場合(→民法初伝十日目),及び目的物が消滅してなくなってしまった場合(→民法初伝十一日目)です。
いずれも民法の超重要論点であり,民法改正で大きく変わってしまっているところでもあります。難しいところですが,必ず超えなければならないハードルでもあります。
(1)他人の財産を手に入れるにはどうしたらいいのか(→民法初伝六日目)
(2)どうしたら売買契約を締結できるのか(→民法初伝七日目)
(3)売買契約を締結したらどうなるのか(→民法初伝七日目)
(4)売買契約を締結したのに履行してもらえないときどんな対抗手段があるのか(→民法初伝八日目・九日目)
(5)売買の目的物にキズがあったときはどんな対抗手段があるのか(→民法初伝十日目)
(6)売買の目的物がなくなってしまったときはどうなるのか(→民法初伝十一日目)
3.市民社会における登場人物になる
ここまでは,「所有者-<物返せ>→侵害者」「買主-<物よこせ>→売主」というイメージのうちの,「→」の部分の検討でした。
しかし,そもそもこのイメージのうちの「所有者」「買主」「売主」等になるためにはどうしたらよいのかも問題です。これらをひっくるめて「人」「権利の主体」の問題と言えます。
所有権者になれるのはどんな存在か,売買契約を締結できるのは誰か,金払えとか物よこせと請求できるのは誰か,言い換えると権利全般を持つことができる存在,つまりは権利の主体の問題です。
「人」「権利の主体」となれるのは誰かについても,きちんとルールで決めておかなければなりません(→民法初級一日目)。
権利の主体になるということは,市民社会の参加者として認められるということです。認められないと,権利を持てないような存在として扱われてしまい,物としての扱いを受けかねません。
また,権利の主体として認められたとしても,市民社会においてまっとうに行為できるかも考えなければなりません(→民法初級二日目・三日目)。権利の主体を広く認めたことで,不十分な判断能力しかない者の保護という観点が必要となりました。
(1)市民社会の参加者として認められるのはどのような存在か
(2)市民社会の行為者として認められるのはどのような存在か
ここまでマスターすれば,ひとまず十分ではないかと思います。「所有」「売買」「権利の主体」の基本をマスターし,さらには債務不履行や瑕疵担保責任,危険負担,不法行為についても学習したのですから,民法の基本事項は身についたことでしょう。
晴れて「民法初伝」授与です。胸を張って周りの人に「俺は民法初伝だぜ」と自慢しましょう。
もしかして,試験制度にして合格したら免状を発行するというような仕組みを作ったらもうかるでしょうか。
4.二重譲渡と他人物売買
民法について,初伝よりもう一歩だけ前にということになると,二重譲渡の問題と他人物売買(民法第94条2項類推適用及び即時取得)の問題に取り組むことになるでしょう。この二つは民法の最重要論点になります。
「所有」のところでは,「所有権を有する人(主体)」→「侵害してきた第三者(主体)」が問題となりました。また,「売買」のところでは「売主」←→「買主」という問題でした。つまり,いずれも一対一の関係でした。
しかし,ここに第三者が関係してくる場合があります。その一つが,売主が二重に譲渡した場合です。もう一つは,売主が他人の物を譲渡した場合です。前者が二重譲渡(民法中伝一日目・二日目),後者が他人物売買(→民法中伝六日目)です。
いずれも三者の関係が問題になります。前者では先に買った人と後で買った人のどちらが所有権を取得するのか,後者では勝手に売られてしまった真の権利者と買った人のどちらが所有権を取得するのか,という問題です。
民法はどのように三者の利害を調整しようとしているのか,その民法の条文をどのように解釈して具体的なルールとするのかを学習することになります。
また,他人物売買について学習するにあたっては,意思表示の規定の理解が前提となります。
意思表示というのは,買主の「君の土地を5000万円で売ってくれないか」,売主の「いいよ,売ろう」をイメージするとよいでしょう。合致することで売買契約が成立します(→民法中伝三日目)。
ところが,内心の意思と表示されたところとが食い違っている場合や,表示の形成される過程に問題がある場合があります。
これらの場合に,「表示した以上は仕方ない」となるのか,それとも「それは気の毒なので意思表示は無効としよう」「取り消せるものとしよう」となるのかについて,民法がルールを定めています。
意思表示を受け取った側からすれば,無効とされたり取り消されたりしては困るでしょう。しかし,意思表示をしてしまった側に気の毒な事情があれば,保護してあげる必要もありそうです。その利害調整をどうするか,という問題です(→民法中伝四日目・五日目)。
さらに,意思表示が無効だったり取り消されたりという場合でも,第三者が登場してくると,さらにややこしい問題が生じます。何も知らない第三者は保護されてよさそうですが,どのようなルールで保護されるでしょうか(→民法中伝五日目)。
このような意思表示の規定を理解したうえで,他人物売買について学習することになります。
売主が所有権を有していなかった場合には,買主は所有権を取得することができないというのが大原則です。当然です。勝手に売られてしまって真の権利者が所有権を失ってしまうというのでは困ります。
ところが,売主がいかにも所有者らしい外観を有しており,それを第三者が信頼した場合はどうでしょうか。さらに,そのような外観となっていることについて,真の権利者にも問題があった場合はどうでしょうか。例外的に,第三者が保護されてよいのではないでしょうか。
そこで,民法第94条2項の類推適用が問題となります(→民法中伝六日目)。
最後に,動産についてのルールを学習します。動産と不動産とでは,二重譲渡及び他人物だった場合のルールが異なるのです(→民法中伝七日目)。
ここまでマスターすることができれば,民法中伝です。おめでとうございます。そのうち時間ができたら民法中伝免状付与試験なんてのを作るかもしれませんが,今なら勝手に名乗ってかまいません。
ちなみに,「所有」「売買」「権利の主体」「二重譲渡」「他人物売買」という順序は,民法の通常の学習順序とはかけ離れています。民法の条文の順序とも異なっています。
二宮敦人『世にも美しき数学者たちの日常』に登場する数学者の千葉逸人先生は,学生時代に学生向けの教科書を執筆したという仰天するようなエピソードの持ち主ですが,「わかりやすいように構成を工夫する」「全部自分なりに作り直す」「再構築する」という方針で執筆されたそうです。私もこれにあやかり,順序を大幅に順序を再構築しました。いや,『世にも美しき数学者の日常』を読んだのはつい最近なんですけども。
https://www.gentosha.jp/article/12672/
民法には,まだまだたくさんのルールが規定されています。
たとえば,他人の財産を手に入れるのではなく貸してもらう場合があります。物を貸してもらうだけでなく,お金を借りることもあるでしょう。借りるにあたって担保に入れる場合や,保証人をつける場合もあります。お金でなく物を借りる場合もあります。また,自身が売買契約をするのではなく,他人にしてもらう場合もあるでしょう。
これらのルールを一つ一つ学習していく必要があります。やはり民法は途方もなく膨大で大変です。
膨大なものをいきなり全部学ぶのはとうてい無理ですので,幹となる部分をピックアップしました。これが,「所有」と「売買」と「主体」というわけです。さらにもう一歩先へということで「二重譲渡」「他人物売買」を取り上げました。
総則→物権→債権総論→債権各論という条文の順序は学習効果という面ではまったく不適切だと思います。そこで,所有→その裏返しとしての所有権侵害に対する対応→売買→その裏返しとしての債務不履行→別立てで主体,という順序にしてみました。主体は最初でもよいのかもしれません。
幹の部分を確立すれば,あとは独学でなんとかなるでしょう。読書猿『独学大全』を参考に,ぜひ独学で学習を進めましょう。
https://www.diamond.co.jp/book/9784478108536.html