民法中伝一日目:二重譲渡(1)


民法中伝1日目:二重譲渡

1 二重譲渡は民法の一大テーマ
 民法中伝の栄えある第1回目は,民法の最重要論点の一つである「二重譲渡」についてです。
 最重要論点だけあって難解です。民法独自の変わった考え方をします。常識的な考えとはずれが生じるかもしれません。心してかかりましょう。
 すでに民法初伝までで少し登場している所有権の移転時期や,「登記」を本格的に取り上げることになります。

2 二重譲渡の事例
 具体例で話を進めましょう。
 二重譲渡というのはこんな事例です。
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<事例1>
 Xは,自身が所有している土地を,Yに1000万円で売る契約を締結し,Yから代金1000万円を受け取り,Yにその土地を引き渡した。しかし,Yに登記を移転する前に,Xは,Zとの間でも同じ土地を1000万円で売る契約を締結し,Zから代金1000万円を受け取り,登記をZに移転した。
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 Xは,同じ土地を,YだけでなくZにも売っています。同じ物を二重に譲渡しているのでこの事例を「二重譲渡」と言います。

3 当事者が3人いるとややこしい
 民法初伝までに出てきた事例では,当事者はたいてい2人でした。XとYだけでした。その意味ではシンプルだったと言えます。
 しかし,二重譲渡においては,Zが登場します。登場人物が増えればややこしくなるのがこの世の常です。法学の世界でも同様です。たとえば刑法においても,共犯論になるとやたらと難解になります。犯罪はできれば単独で実行しましょう。
 民法も同様です。XとYだけならX←→Yだけを考えればよかったのですが,XYZの3人となると,X←→Y,X←→Z,Y←→Zと3つも考えなければなりません。つまり3倍です。3人について,それぞれの間の利害を調整し,権利義務を検討する必要があるのです。

余談:三重譲渡
 ちなみに三重に譲渡することもありえます。四重も五重もそれ以上も,論理的にはありうるでしょう。
 ただし,問題の処理としては二重譲渡と同じになります。なので,二重譲渡だけマスターすれば大丈夫です。

4 二重譲渡の図
 二重譲渡は,図にすると,こんな感じです。
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 X→Y
 ↓
 Z
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 この図は簡単そうですが大切です。Xを起点としてYとZに→が向いているというところを意識しましょう。
 なお,この場合の→は,権利があるということではなく,譲渡したという意味になります。

5 <事例1>を素朴に考えてみる。
 まずは法律的にどうこうではなく,素朴に考えてみましょう。
 民法は当事者の利害関係を調整するためのものですから,法律的に考える前に,常識的にそれぞれの利害や事情等を整理してみることが大切です。常識的な結論と法律的な結論があまりに食い違っているような場合は,法律的な結論のほうがおかしいのです。民法では。
 そこで,当事者それぞれの立場に立って考えてみます。ディベートをイメージしましょう。

6 <事例1>におけるX
 Xは,YにもZにも同じ土地を売っています。ついついミスでやってしまったとはあまり考えられませんので,きっとわざとでしょう。Xはとても悪い奴と考えられます。
 本来なら,Xは土地を売っても1000万円しか受け取れないはずなのに,YとZから合計2000万円も取得しています。どちらかには返すべきでしょう。
 ・・・でもどちらに?

補足:二重譲渡と横領罪
 Xが悪い奴とすると,民法上の責任だけでなく刑法上の責任,すなわち犯罪責任も問われるべきじゃないかという気もします。具体的には,刑法第252条1項の横領罪が成立するかが問題です。
 通説・判例は成立するとしています。詳しくは刑法で学習します。ともあれ,二重譲渡は捕まるのでやめておきましょう。

7 <事例1>におけるY
 Yとしては,Xから土地を買って代金も支払ったのですから,自分が土地の所有権者だと言いたいでしょう。
 そして,YはZよりも先にXから土地を買っています。そうすると,早い者勝ちということで,Yが土地の所有権をゲットできるような気がします。気がしませんか。
 また,Yは代金1000万円を支払っておりますし,土地の引き渡しも受けていますので,やるべきことをやったとも言えそうです。
 ただ,登記名義の変更だけがなされていませんでした。これがYの落ち度となって,Yは不利益を受けてしまうのでしょうか?

8 <事例1>におけるZ
 Zもまた,Xから土地を買って代金を支払っています。Zもやはり,自分が土地所有権を有していると言いたいでしょう。
 しかし,Zは,Yよりも後に買っています。遅い者負けで,Zは土地の所有権をゲットできないとなりそうです。Zが買ったときはもう所有権はXからYに移っていたからです。
 とはいえ,Zは土地を買うときに,法務局に行って登記を調べたはずです。土地のような重要かつ高額の財産を買うからには,慎重に調査したはずです。
 そして,Zが調べたときは,その土地の登記名義はXでした。Zはその登記を信じて,つまりはXが所有者と信じて土地を買ったことでしょう。きっとYが先に買っていることなど知らなかったでしょう。そういうZが保護されないのはいかがなものか,という気もします。
 さらに,Yとは違い,Zは登記を得ています。ここもポイントになりそうです。

補足:Yが知っていた場合
 <事例1>では何とも書いてありませんが,ZはX→Yが先に行われていることを知らなかったかもしれませんし,知っていたかもしれません。知っていて,Yへの嫌がらせ目的でXから買ったのかもしれません。この話は次回に回します。
 とりあえずZは知らなかった,ZはXの登記を信じたということで話を進めます。

9 素朴に考えたまとめ
 素朴な考えをまとめると,まずXが悪いやつであることは間違いありません。
 他方で,YとZは気の毒です。
 ただ,YはZより先に買ったが登記を取得しなかったのに対し,ZはX名義の登記を信じて買ったし登記を取得したというところが違います。この違いを押さえましょう。

補足:同時履行
 皆さんの中には,もしかしたら,Yは代金1000万円を支払う前に,あるいは支払うのと同時に土地の登記を取得していればよかったのではと思った方がいるかもしれません。先払いするからダメなんだというわけです。
 まことにごもっともです。
 実際の取引では,同時になされるのが通常です。民法上も,民法第533条により「同時履行の抗弁権」が認められています。相手から債務の履行を請求されても,「君の債務と同時に履行するのでなければやだよ」と拒否できる権利です。
 <事例1>は,なにかしらの理由があって同時履行にしなかったということで考えてください。

補足:不動産の二重譲渡をまずマスターする
 なお,<事例1>において問題となっている客体は土地,すなわち不動産であるというところも重要なポイントになります。
 というのも,これが動産だと少し違う話になります。動産には登記制度はありませんから。
 まずは不動産の二重譲渡をマスターしましょう。

10 不動産登記
 そもそも不動産の登記とは何かについて,ここで確認しておきます。
 不動産登記というのは,不動産登記簿に,不動産の所在や面積といった客観的状況,及び所有者が誰か等の権利関係を記載することです。あるいは,記載そのもののことを意味します。
 不動産登記は法務局に行けば確認することができます。一般公開されているので,誰でも確認できます。
 ですので,簡単に言えば,不動産登記は不動産に関する権利関係を一般公開するものです。

11 不動産登記制度の意味
 なぜ不動産に登記制度があるのかというと,不動産という重要かつ高額の財産に関する情報が誰にでもわかるようにすることで,不動産の取引が安全に行われるようにするためです。
 通常は,不動産の売買が行われたら登記も移転しないといけませんし,移転するのが通常です。
 ところが,諸事情により移転しないことがあります。<事例1>のX→Yのように登記が移転していなかったどうなるかというのが今回のテーマです。

12 次に法律的に考える
 素朴に,常識的に考えてみた後は,いよいよ法律的な検討に入ります。ここからが法律論です。

13 YかZのどちらかしか所有権を取得できない
 検討する前に,土地の所有権は一つであることを思い出してください。一物一権主義でしたよね,もちろん覚えていますよね。
 所有権は一つしかない以上,<事例1>では「YとZの二人ともが土地の所有権を取得する」という結論はありえません。YかZのどちらかしか所有者にならないのです。どちらかが取得するということになれば,他方は取得できないということです。
 二重譲渡におけるYとZの関係は,勝つか負けるかしかないというシビアなものなのです。

余談:半分ずつということはない
 もしかしたら,素朴に考えた結果,YもZも気の毒なので土地を半分ずつ取得し,Xから500万円ずつ返してもらうという結論を考えた方もいるかもしれません。
 柔軟に考えるのはたいへんよいことです。法律論で頭が凝り固まってしまうのもよくはありません。
 ただ,不動産は,半分だけでは役に立たず,全部でないと意味がないことも多いです。あるいはYとZの共同所有なんてことになると,ややこしいばかりです。
 ですので,この二重譲渡においては,半分ずつというのは現実的にもない話だと思います。

14 所有権を取得できたらどうなるか
 もしZが所有者ということになると,Yは所有者でないのに土地を占有していることになります。つまり不法占拠です。ZはYに対し,所有権に基づく土地の明渡請求ができます。物権的請求権も覚えていますよね?
 逆にYが所有者ということになると,YのほうからZに対し,登記がX→Zになっているのは間違いだということで,移転登記抹消登記手続請求という請求ができます。ZはYには何も請求できません。

15 YvsZ
 YとZはどちらかしか勝てないという関係にあるわけですが,はたしてどちらが勝つんでしょう。YvsZ。

16 所有権は売買契約と同時に移転するのではないか
 民法初伝までで学習したように,所有権は売買契約成立と同時に移るというのが一般的な考え方でした。
 なので,最初のXY間の売買契約成立と同時に,Yが所有権を取得しているはずだ,と思っておられるのではないでしょうか。
 そうすると,Zは,もう所有権者ではなくなったXと売買契約をしたのであり,所有権のない人から所有権を取得することはできませんから,Zは所有権を取得できないはずだ,というのが素直な考え方です。

17 所有権の移転
 そこで,「所有権の移転」について,これまでは結論だけ「売買契約締結時に移転するのが一般」としていましたが,ここできちんと検討しましょう。問題となる条文は,民法第176条です。

18 民法第176条
 民法第176条は,「物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって,その効力を生ずる」と規定しています。
 「物権の設定」はとりあえず無視することにして,物権の移転に着目します。物権の移転というのは,とりあえず所有権の移転のことと考えましょう。
 そうすると,民法第176条によれば,所有権の移転は当事者の意思表示のみで効力が生じることになります。
 そして,売買契約の場合,一人だけの意思表示だけでは成立せず,売主と買主の「売ります」「買います」という意思表示が合致することで成立します。
 したがって,売買契約における所有権移転は,意思表示が合致したときということになりそうです。

19 売買契約時に所有権は移転するのは民法第176条から当然か
 もしかしたら,民法第176条が売買契約の時点で所有権が移転するときわめてはっきり規定されているではないか,それ以外の考え方など成立するはずがないだろう,という疑問が湧いているかもしれません。

20 所有権の移転に必要な行為
 しかし,民法第176条はそこまで規定しているわけではありません。
 民法第176条は,「所有権が移転するためには,いかなる行為が必要か」という問題について,「意思表示だけよい」「意思表示以外のものはなくてもかまわない」ということを定めた条文です。
 ということは,民法第176条は「いつ所有権が移転するか」について定めた条文ではないのです。

21 所有権の移転に関する意思主義と形式主義
 話は民法制定時にさかのぼります。
 民法を制定する際に,「所有権の移転についてどのような行為を必要とするか」について議論がありました。
 なぜ議論があったかというと,フランス法では意思表示だけでよいとされていたのですが,ドイツ法では不動産ならさらに登記移転まで必要とされていたからです。前者を「意思主義」,後者を「形式主義」と言います。厳密には意思以外のなんらかの形式が必要とする考え方が形式主義です。まあ,形式というのは登記ということでいいでしょう。
 参考にしたフランス法とドイツ法とで違う考え方がとられていたので,はたして日本民法ではどっちにすべきか,意思表示だけでよいとするか,登記まで必要とするかが議論になったのです。

22 形式主義のメリット
 ドイツ法の形式主義にすると,売主と買主との間で売買契約を締結するだけでなく,さらに登記を移転しなければ所有権が移転しないことになります。
 また,売買契約の締結は,売主と買主だけで勝手にできるので公にはなりませんが,登記が移転すると法務局で一般公開されます。一般公開されるということは,第三者が所有権の移転を把握できるということです。
 このように,形式主義には,いつ所有権が移転したのかがはっきりわかる,第三者にもはっきり伝わるから第三者が不測の損害を与えるおそれがない,というメリットがあります。

23 日本民法は意思主義
 しかし,民法第176条は,所有権の移転には意思表示以外のものはいらないんだということをくっきりはっきり規定しました。つまり,日本民放は形式主義を採用せず,意思主義を明確に採用したのです。
 なぜ意思主義を採用したかというと,私的自治の原則からすれば当事者が合意しさえすれば権利が移転するのが理屈だという理論的な理由や,いちいち登記の移転を必要とするのは手間がかかって大変だから迅速な取引ができなくなるんじゃないか,いやそもそも明治時代では登記制度が完全に普及しきっておらず実際上無理だろうという現実的な理由があったようです。

補足:物権行為の独自性
 形式主義のもとでは,売買契約を締結する合意をするだけでなく,さらに所有権を移転するために登記を移転することの合意もしなければなりません。いや,両方いっぺんに合意してしまってもいいんだけれども,理論的には,売買契約の合意と所有権移転の合意の2つを同時に合わせてやっていることになると考えます。ややこしいですけど,理屈上は2つの合意をしているのです。
 このように,売買契約の合意とは別に所有権移転の合意もしていると両者を分けて考える考え方を「物権行為の独自性肯定説」と言います。
 しかし,日本民法は上述のように意思主義を採用していますので,あえて分けて考える必要がありません。とくに分ける実益もありません。ということで,物権行為の独自性は否定されています。
 まあ,ややこしいですしあまり深入りしなくてもいいでしょう。売買契約を締結する合意だけでよく,それとは別に所有権移転の合意をする必要はないとだけ覚えておきましょう。

24 所有権の移転時期
 もし形式主義を採用していたら,所有権の移転時期は「登記が移転した時点」とはっきりしました。
 しかし,意思主義では,はっきりしません。はっきりしないというか,正確には,売主と買主との間の合意(意思)で好きな時期に決めることができる,ということになります。契約時でもいいですし,代金支払時や引渡時,あるいは登記を移転した時でもいいでしょう。合意でいかようにも決めることができます。
 問題は,いつ所有権が移転するのか,売買契約の際に決めていなかった場合にどう考えるかです。この場合,いつ移転すると考えるべきかで,2つの考え方があります。

補足:不動産売買契約書
 不動産売買契約書の標準書式には,本物件の所有権は,買主が売買代金の全額を支払い,売主がこれを受領したときに売主から買主に移転する,というような条項があります。
 このような条項があるということは,売主と買主との間でいつ所有権が移転するかを決められることを前提に,代金支払い・受領時に移転するという合意をしたということです。

25 契約時移転説
 通説・判例は,すでにご存知のように,売買契約を締結した時点で所有権が移転すると考えています。
 ただ,なんらかの支障がある場合には,その支障がなくなった時点です。たとえば,不特定物売買の場合,どれを引き渡すのかが「特定」された時点です。

26 有力説
 これに対し,代金を支払ったり目的物を引き渡したり登記を移転したりしてはじめて所有権が移転するという考え方があります。有力説です。
 この考え方は,取引の実態からすると,売買契約を締結してすぐに所有権が移転すると考えるのは売主・買主の通常の意思に反するのではないか,代金支払・引渡し・登記のいずれかがあってはじめて移転すると考えるのが通常の意思だろうと言います。
 他にもいろいろな考え方がありますが,判例・通説のように契約時に移転すると考えておくのがシンプルでいいでしょう。

補足:形式主義と所有権の移転時期
 形式主義と所有権の移転時期に関する有力説とは,登記が移転したときに所有権が移転するという点で結論が一致します。
 しかし,形式主義の下では,常に登記が移転したときです。
 これに対し,有力説では,当事者が特約で登記より前に移転すると決めた場合には,そちらが優先します。形式主義を採用するとこのような合意はできません。ここに違いがあります。

27 意思主義と第三者保護
 ところで,形式主義のメリットの一つに,法務局で一般公開されるから第三者に不測の損害を与えることがない,というものがありました。
 しかし,意思主義を採用すると,このメリットがありません。第三者の保護を考えなくてよいのでしょうか。

28 意思主義からの<事例1>
 <事例1>では,Xは先にYと売買契約を締結しています。そして,Yはすでに代金を支払い,引渡しも受けています。そうすると,通説・判例でも有力説でも,土地の所有権はYに移転していそうです。
 しかし,先にも申し上げたように,ZはXが所有権を有していると信じて取引をしたと考えられます。なぜ信じたかというと,土地の登記がXのままだったからです。Zは,登記によって公示されている情報を信じたはずです。
 にもかかわらず,意思主義の下では,Xはもう所有者じゃなかった,所有権を持っていない人から所有権を譲り受けることなどできないから,Zは所有権を取得することはない,という結論になってしまいそうです。

補足:双方の利益状況から判断する
 さて,Zを保護する必要性があるんじゃないかということをお話ししました。ただ,Zを保護するということは,Zが勝つ,つまりZに土地の所有権を認めるということであり,裏返せばYが負ける,Yには土地の所有権を認めないということになります。
 そうすると,不利益をこうむることとなるYへの配慮も必須です。いくらZを保護すべきだからといって,Yに何の落ち度もなければ,Yに不利益を与えるわけにはいかないでしょう。
 民法では,このように双方に配慮することが必須です。

29 民法第177条
 民法は,第三者の保護も考えています。第三者を保護することで,不動産売買の取引の安全を図ろうとしているのです。
 条文は,民法第176条の次の,民法第177条です。この民法第177条は超重要条文です。民法をマスターするには避けては通れない条文です。

余談:天気予報の電話番号
 山野目章夫先生の『初歩からはじめる物権法』には,民法第177条を覚えにくければ天気予報の電話番号と同じと記憶しよう,かえってわからなくなったかな!?と書いてあってびっくりしました。

30 民法第177条の効果
 民法第177条は,「不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない」と規定しています。
 「不動産に関する物権の得喪及び変更」は,とりあえず土地所有権の移転のことをイメージしておきましょう。
 そうすると,土地の所有権が誰かから誰かに移転していたとしても,その移転は,登記していなければ,第三者には対抗できないという意味になります。

31 第三者に対抗できない
 「第三者に対抗することができない」というのは,第三者に対して主張できないということです。主張できないというのは,第三者に対する関係では,その所有権の移転はないものとして扱われてしまうということです。。
 <事例1>で言えば,XはたしかにYと不動産の売買をしており,所有権はYに移転しています。しかし,「X→Y」という所有権の移転は,民法第177条により,登記をしていないので第三者であるZには対抗できない,つまりYは第三者であるZに対し「俺が不動産の所有権を取得した」とは主張できないということになります。

補足:第三者から認めることは可能
 なお,対抗できないということは,「X→Y」が存在しないということとは違います。「X→Y」はあるのだけれども,YはZに対して「X→Yがあった」とは言えないということです。ややこしいですけど。
 そうすると,Zのほうから「X→Yがあった」と認めることはできます。Zがあえて身を引き,どうぞどうぞとあえて譲ることは可能です。

32 先に登記を得た者が勝つ
 もしZも登記を得ていなければ,同様に民法第177条で「第三者に対抗することができない」こととなり,ZはYに対し「俺が不動産の所有権を取得した」「X→Zがあった」とは言えません。YもZもどちらも主張できないこととなり,これからどちらが先に登記を得るかで勝負が決まることになります。
 ところが,<事例1>ではZは登記を得ていますので,ZはYに対し「俺が不動産の所有権を取得した」と言えるということになります。
 このように,先に売買契約をした者が勝つのではなく,先に登記を取得した者が勝つわけです。登記早い者勝ちです。
 Yは,すぐに登記をすべきだったのにそれを怠った以上,Zに負けても仕方ないということになります。

33 対抗要件主義
 権利の変動を第三者に主張するためには,対抗要件が必要という考え方を「対抗要件主義」と言います。
 そして,不動産の対抗要件は登記です。
 民法第177条は,対抗要件主義を定めた規定ということになります。

34 いったん所有権が移転したはずなのに
 まとめると,①当事者間では民法第176条により売買契約時に所有権が移転する,②しかし登記も取得しないと民法第177条により第三者には対抗できない,ということです。
 ・・もしかしたら,①でいったん所有権が移転するのに,なんで②で否定されてしまうんだろうという疑問を持っておられるかもしれません。<事例1>でいうと,いったんYが土地の所有権を取得したはずなのに,Zが登場した途端にYは所有者ではなくなるわけです。
 ここのところは,なかなか理解しづらいところかもしれません。民法のむつかしいところ,あるいは独特の考え方をするところと言えます。

35 当事者間と第三者対抗問題を分けて考える
 民法では,当事者間でどうかということと,当事者以外の第三者に対してはどうかということを分けて考えます。
 <事例1>でいえば,XとYとの関係では土地の所有権はYに移転しています。なので,YはXに対しては「俺が所有者だ」と言えるのです。
 しかし,YとZとの関係では,Yは登記をしていないのでZには所有権取得を対抗できません。YはZに「Xから買ったから俺が所有者だ」と言いたくとも「Xから買った」とは言えないのです。他方で,Zは登記をしているので,Yに対して「Xから買ったから俺が所有者だ」と言えるわけです。
 こうやってXY間とYZ間で分けて考えるのは理解しづらいか,納得しがたいか,はたまたどうにも不思議な感じがするかもしれません。しかし,これが民法の採用した考え方です。そういうものとして理解するほかありません。

余談:所有権は物質的存在ではなく観念的存在
 星野英一先生は『民法概論Ⅱ』において,所有権をある物質的存在のように考えると,所有権はどこかにしか存在しないことになるから,当事者間で移転したのに第三者との関係では移転していないということになる,しかし,所有権は観念的存在なのだから別におかしなところはない,とおっしゃっています。

36 民法第176条と民法第177条の関係をどう説明するか
 ただ,皆さんが不思議に感じるのももっともなことで,民法第176条と民法第177条の関係をどう理解するかについてはいろいろな考え方があります。

37 不完全物権変動説
 最高裁昭和33年10月14日判決は,「その旨の登記手続をしない間は完全に排他性ある権利変動を生ぜず」と述べています。つまり,民法第176条によって所有権は移転するんだけれども,登記手続をしない間は不完全な移転でしかないということです。この考え方を「不完全物権変動説」と言います。
 不完全な物権変動って何なんだろうとか突き詰め始めると,疑問はいっぱいわいてきそうです。しかし,ここは割り切りましょう。
 <事例1>では,XY間ではたしかにYに所有権は移転するが,登記をするまでは完全な移転ではない,XZ間でも売買契約が締結されZに登記されたことでZに完全に所有権が移転する,よってZが勝つと理解することになります。

38 公信力説
 これに対し,違う考え方をする有力説があります。
 <事例1>において,XY間の売買契約で土地の所有権は完全に移転するのであり,売ったXはもはや所有者ではなくなる,よって本来なら所有者でないXから買ったZに土地の所有権が移転することはない,しかしZが買ったときにはXに登記が残っており,もしZがその登記を信じて買ったのであれば,民法第177条でZは保護されて土地の所有権を取得する,というのです。
 これを「公信力説」と言います。

39 公信力説の考え方
 公信力説は,登記を確認してその内容を信じたのであれば,相手が実際には無権利者であったとしても,権利を取得できるという考え方です。
 公信力説のもとでは,Zが保護されるためには,先に登記を取得するだけでは足りず,Xの登記を信じたことも必要になります。言い換えると,ZはXY間で売買契約が行われていることなど知らなかったし,十分に調べたが判明しなかった,という事情が必要です。
 しかし,民法第177条にはそのようなことは規定されてませんので,解釈としてはちと無理があるように思います。

40 公信の原則
 物権変動があったことを外形的に示すものを「公示」と言います。不動産における公示は,これまでお話ししてきたように登記です。
 公示がある場合に,第三者はその公示に対応する物権が存在するものとして扱ってしまってよいという原則を,「公信の原則」と言います。
 公信力説は,民法第177条は公信の原則を定めたもの,登記に公信力を認めたものと考えています。

41 公示の原則
 これに対し,公示が存在しない場合には,第三者はその公示に対応する物権変動が存在しないものとして扱ってよいという原則を,「公示の原則」と言います。

42 物権変動の公示
 公信の原則と公示の原則とは,いずれも,第三者が公示を信頼した場合の信頼を保護しようとするものです。
 実際の所有権がどうなっているか,意思主義を採用すると当事者以外にはわかりにくいので,公示を通して第三者を保護し,取引の安全を守ろうとしています。
 ただ,どのように保護するか,そもそも問題となる局面が,両者では異なります。

43 公信の原則と公示の原則
 公信の原則と公示の原則とがどう違うのか,非常にわかりにくいと思います。しかし,この問題は逃げるわけにはいきません。
 公信の原則は,①実際は所有権がない,②しかし相手が所有権を有しているという公示はある,③公示を信頼して第三者が買ったのであればその第三者は保護されて所有権を取得する,というものです。
 これに対し,公示の原則は,①実際は所有権がある,②しかし公示はない,③第三者は実際の所有権を存在しないものと扱ってよい,となります。
 とりあえず,公信の原則が問題となるのは実際には売主が無権利者だったというとき,公示の原則は売主が二重譲渡をしたとき,という覚え方でもとりあえずはいいでしょう。

補足:公信の原則は「無」から「有」
 公信の原則が採用されると,本当は無権利者なのに登記だけ持っているような人から買った場合,所有権を取得できることになります。裏返すと,本当に所有権を持っていた人は,その瞬間に所有権を失います。
 本来,所有権を取得したければ,所有権を実際に持っている人から譲ってもらう必要があります。持ってない人から買っても手に入るわけがありません。これが大原則です。「無」からは「無」しか生じないのです。
 ところが,公信の原則によると,この大原則が修正され,「無」から「有」が生じうることとなります。最初に勉強したときは驚愕しました。

補足:登記と真の所有権者が異なる場合
 <事例1>におけるYのように,すでに売買契約を締結したにもかかわらず登記を移転していなかったというような場合,登記上の所有名義人と真の所有権者とがずれるということが生じています。
 日本民法は形式主義を採用しませんでしたので,所有権を移転するためには登記を移転するまでの必要はありません。
 なので,所有権を取得しても登記をしない場合はけっこうあります。登記手続をしようという場合は司法書士に依頼しなければならず,費用がかかります。けちって司法書士に頼まず自分でやることも不可能ではありませんが,法務局の優しい担当者にあたらないととてもとても大変なようです。また,司法書士費用だけでなく登録免許税もかかります。こういう費用を浮かせるために,登記しないでおくことがあるのです。
 たとえば,どうせすぐ別の人に転売するから転売したときに移転しようという場合,あるいは相続したけれど親や祖父母の名義のままにほっておいた場合,売買契約を締結して登記も移転したけれども実はその売買契約が無効だった場合等は,ずれることになります。

補足:形式主義でもずれることはある
 もっとも,形式主義を採用したとしても,悪い奴が勝手に必要書類を偽造して登記を移してしまったという場合には,登記上の所有名義人と真の所有権者とがずれることになります。

44 不動産には公信の原則は認められていない
 公信力説は登記に公信力を認めます。しかし,公信力を認めないのが一般的な考え方です。
 というのも,公信力を認めるということは,たとえ相手が無権利者であっても公示を信頼していれば権利を取得するということですが,裏返すと本来の権利者は権利を失うということでもあります。
 不動産は非常に重要な財産であって価値が高いですし,生活の本拠地となっていることも多いでしょう。実際の権利者が,そのような大切な不動産を失ってしまうというのは大変です。公示である登記を信頼した第三者を保護するよりも,実際の権利者を保護する必要のほうが高いと言えます。
 また,不動産を取得しようという第三者は,高価な取引をするのですが,登記を調べるのはもちろんですが,さらにそれ以上に慎重にその他の情報も調べて当然とも言えます。
 したがって,登記には公信力は認められず,民法第177条により公示の原則だけが採用されているというのが一般的な理解です。

補足:動産の場合は公信力が認められている
 なお,これが不動産ではなく動産であれば,話が違います。
 詳細はまたいずれ触れます。

45 対抗要件主義のまとめ
 民法は,売買契約の当事者間では,合意だけで所有権が変動するとしました。意思主義です。民法第176条です。登記を移転しなくとも,不動産の所有権は売主から買主へ移動します。
 しかし,意思だけで移動するとなると,外部から明らかではありません。第三者が不測の損害を受けるおそれがあります。
 そこで,対抗要件主義が採用されました。民法第177条です。すでに誰かが先に買っていたとしても,登記を移転していなければ所有権を主張できません。
 他方で,公信の原則までは採用されませんでした。たしかに,公信の原則を採用するほうが,第三者をよりいっそう保護することができます。ところが,公信の原則の下では,第三者は登記さえ信じれば所有権を取得できることになりますが,それは言い換えると本当の所有権者が所有権を失ってしまうことでもあります。不動産のような価値が高くて重要なものについては,真の所有権者の保護も重要です。そこで,公信の原則までは採用しないということで,第三者の保護と真の所有権者の保護のバランスをとったと言えます。

補足:取引の安全
 民法では,「取引の安全」という言葉がよく出てきます。<事例1>で言えば,登記を信じて買ったZがまったく保護されないとなると,不動産を買おうとする者がちゅうちょすることとなってしまう,登記を信じて買ったZが保護されるなら不動産取引が活性化する,よって取引の安全を守るべきだ,ということです。
 たしかに,民法第177条は取引の安全を守るべく対抗要件主義を定めています。しかし,もし取引の安全のほうにぐぐぐっと大きく傾くのであれば,民法第177条は公信力を定めていたはずですが,そうはなっていません。
 民法は,上述したように,取引の安全だけでなく真の権利者の保護も重視しています。そのバランスに配慮しています。ですので,なんでもかんでも「取引の安全」をふりかざしてマジックワードのように使うのはいかがなものかと思います。

46 <事例1>のまとめ
 <事例1>においてもっとも問題となるのは土地所有権の帰趨であり,つまりはYvsZの戦いのところですので,YZ間の法律関係から検討することになります。
 Yは,先にXとの間で土地の売買契約を締結していますが,登記を得ていません・・・残念。他方で,Zは,Xから登記を得ています。
 したがって,Yは,Zに対し,民法第177条によりX→Yの所有権移転があったと主張することができません。これに対し,ZはYに対し,自らが土地の所有権を取得したと主張することができます。その結果,Zは土地所有権に基づいてYに土地の明渡を請求することができます。

47 XY間の法律関係
 あとはXY間とXZ間を検討するだけなのですが,ずいぶん長くなってしまっていますので割愛します。各自検討してください。

補足:YはXに損害賠償請求できるが
 一点だけ補足しておきます。
 Zに負けてしまって土地所有権を取得できなかったYは,Xに対し,1000万円返せとか損害賠償請求ができます。それで問題ないようにも思えます。
 しかし,こういう悪いことをするXは,えてしてどこかに逃げてしまっていたり,お金を使い果たしてしまっていて取り返せなかったりします。法律的には請求権があっても,事実上取り戻せないことが多いのです。
 だからこそ,YvsZの戦いがシビアなものになるわけです。

補足:Yの不利益
 Yは登記がないのでZに対して土地所有権を主張することができず,Xに対する損害賠償請求等も実効性がないかもしれません。とても気の毒です。なんとかしてやれないかとも思えます。
 しかし,なんともなりません。民法もそこまで甘くはありません。
 Yは登記をさっさと取得すればよかったのですけれど,そうはしませんでした。その点で落ち度があると言えます。
 また,代金1000万円を支払っていなければ,手間と費用がかかったという損害だけに押さえることができたのに,先払いしてしまったのも落ち度です。
 そもそも,悪い奴であるXと取引をしたというところも落ち度と言えるかもしれません。高い買い物をするのですから,ちゃんと相手を選びましょう。

48 まとめ
 今回は,二重譲渡の事例をもとに,民法第176条・第177条についてお話ししました。当事者間と第三者に対してとは分けて考えるという独特の考え方をぜひ押さえましょう。
 「登記」についてはこれまでにも出てきましたが,いったいどんな役割をしているのか,今回初めてお話ししました。不動産登記は不動産に関する物権変動を公示するものであり,物権変動に必要ではないが第三者への対抗要件であるということを頭に叩き込んでおきましょう。
 民法第177条についてはまだまだ議論すべきことがあります。次回も民法第177条の話を続けます。