民法中伝5日目:意思表示が無効・取り消された場合と第三者の関係
1 意思表示の瑕疵と第三者の関係
前回の続きです。先送りしていた第三者との関係についてです。
ここも民法独特の考え方をするところですので気をつけましょう。
2 詐欺と第三者
まずは詐欺によって生じた法律関係に,さらに第三者が登場して絡んできた場合から始めましょう。簡単に言えば,第三者が不動産の転売を受けた場合です。次のような事例です。
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<事例1>
Xは,Yから,Xが所有している土地は建築制限がなされているので土地の価値は安い,1000万円が相場であると言われ,それを信じた。そこで,Xは,Yに1000万円でその土地を売る契約をした。ところが,その土地は実は建築制限はなされておらず,実際の価値は5倍以上だった。そして,Yはそのことを知っていた
登記をYに移転した後でこれに気づいたXは,取消権を行使した。しかし,その前にYは土地をZに転売し,登記もZに移転していた。
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3 三者の利害調整を考えなければならない
前回の詐欺の事例に,話が追加されています。
何度か申し上げていますが,登場人物が3人になると話は一気にややこしくなります。三者の利害を調整しないといけないからです。
4 最大のポイントは土地所有権
この<事例1>では,XY間の法律関係,YZ間の法律関係,そしてXZ間の法律関係の三つを検討しなければなりません。
三つを検討するにあたっては,Xが所有していた土地の所有権がどうなったか,最終的に誰が土地の所有権を有することになったのかが最大のポイントになります。
所有権を有していれば,占有している相手や登記をもっている相手に対し,「引き渡せ」「登記を移せ」と請求できますよね。物権的請求権です。逆に言えば,このような請求をしたければ,所有権を有している必要があるのです。
5 お金で償ってもらえばいいようにも思えるが
もしかしたら,土地所有権がなくとも,その代わりにお金で償ってもらえばいいじゃんと思うかもしれません。代金請求権なり損害賠償請求権なりで,失った土地の価値の分をお金で補償してもらえればプラスマイナスはトントンじゃないか,ということです。一理あります。
6 不良債権だと事実上お金は返ってこない
しかし,償ってもらう相手がどこかに逃げてしまったり,お金がなくて支払ってもらえないということもあります。法律的には権利があるとしても,事実上支払ってもらえないのであれば,そんな権利には価値がないのです。いわゆる不良債権です。それよりも,むしろ土地の所有権を確保できるほうが安心安全です。
また,三つの法律関係は,所有権の行方が決まってから他のことが決まってくるという関係にあります。
なので,土地の所有権を誰が有しているのかを主に考えていくことになるのです。
補足:保険制度
不良債権のように,法律上は権利があってもその内容が実現困難で価値がないことはよくあります。
たとえ1億円の請求権があっても,相手が倒産してしまったりまったく資産がなかったりどこかに逃げてしまったりすれば無価値です。なので,そのような相手とはそもそも取引しないという選択をするのが最善になります。まともな相手とだけ取引しましょう。
しかし,たとえば交通事故のように,いやでも関わり合いになってしまう場合はあります。交通事故の被害者は,加害者に対し,治療費や休業補償等を請求することができます。民法709条です。にもかかわらず,加害者側にお金がなくて弁償してもらえないというのでは困りますよね。そこで,事故に備えて保険に加入しておかなければならない,少なくとも自賠責は加入しなければならないとされているわけです。
7 図を書いてみる
<事例1>のように三者が登場してくる場合には,ぜひ図を書いて把握しましょう。そうすると,<事例1>が二重譲渡の事例と異なることがビジュアルにわかると思います。
あ,もちろん,二者だけの場合でも常に図は書いた方がいいです。
図を書く際には,誰と誰との間で売買契約が行われたのか,登記はどのように移転していったのか,占有はどのように移転したのかに注目するとよいでしょう。
8 まずは成立についての判断
<事例1>を時系列に沿って分析していきましょう。
まずXY間で売買契約が行われています。
最初に,売買契約の「成立」を検討するのでした。「契約をした」とありますので合意しており成立しています。
売買契約が成立すると,その効果としてXとYはお互いに権利義務を取得します。権利移転義務やら代金支払義務やらでしたよね。民法第555条です。
9 それから有効性の判断
しかし,Yは5倍以上の価値がある土地なのに偽って1000万円と言っていますから,Xに対し「詐欺」を行なって錯誤に陥らせて意思表示をさせたと言えます。よって,民法第96条1項によりXは意思表示を取り消すことができ,実際にXは取消しています。
10 取消しの効果
取り消すと,民法第121条本文により,売買契約は最初からなかったこととなります。売買契約の効果もなかったこととなりますので,そもそも土地の所有権はYに移転しなかった,Xが所有者のままだったということになります。
もちろん,代金支払義務もなかったこととなっていますので,もしXがYから代金1000万円を受け取っていたら,Yに返還しなければなりません。条文は覚えていますか。
11 取消したがその前に第三者が発生している
ところが,<事例1>では,Xが取消す前にZが土地の転売を受けています。
YZ間の売買契約も成立しており,とくに無効や取消しになるような事情はありませんので有効です。
そうすると,XY間の売買契約の時点で土地の所有権はXからYに移転しており,さらにYZ間の売買契約の時点でYからZに移転しているとも言えます。
はたして,XはZに対しても,俺が土地の所有者だと主張できるのでしょうか。それとも,土地の所有権はZに移転しているのでしょうか。
補足:取消前の第三者
<事例1>では,Yは,Xが取り消す前にZに売っています。この「取消前」というところがポイントです。
似たような論点として,Xが取り消した後に,YがZに売ったという場合もあります。これは取消後の第三者という論点であり,まったく別の話になります。これはまたいずれ触れます。たぶん。
12 取消しの効果からするとどうか
先ほども見たように,Xが取り消すことによって,XY間の売買契約は最初からなかったことになります。
その結果,Yは所有権を取得できなかったことになっていますので,Zは所有者ではないYから土地を買ったことになります。そして,所有権を有している人からしか所有権を手に入れることができないというのは大原則です。当然と言えば当然です。
そうすると,Zは土地の所有権を取得することはできず,Xが土地の所有権を主張できるという結論になりそうです。詐欺にあったかわいそうなXを保護することができて,妥当な結論のような気もします。
余談:ローマ法時代からの原則
ラテン語を引用すると賢く見えるかもしれませんので,賢く見られたい願望の強い私はラテン語の法格言を引用してみます。「Ex nihilo nihil fit」です。意味は,無からは無しか生じない,つまり無から何かが生じることはありえない,というものです。別に覚えなくていいです。
13 Zの立場からも考える
しかし,利害調整という観点からは,Xの立場だけでなくZの立場からも考えなければなりません。民法の使命は利害調整です。
補足:Yの立場への配慮は
ちなみにYは騙した悪い奴なので,Yの立場で考える必要は乏しいです。
もちろん必要がないわけではなくて,必要以上の責任を負わされることはないというところの配慮はしなければなりませんけども。
14 Zは保護されてよいのではないか
Zからすると,自分が買った時点ではYに登記がありました。そして,その時点ではまだ取り消されていませんでしたから,Yに土地の所有権もありました。
<事例1>にはとくに書いてありませんが,ZはYが詐欺をしたからXY間で売買契約が締結されるに至ったという事情を知らないと考えられます。ZがYとグルだったというような事情でもない限り,第三者であるZは,XとYとの間にどんなやり取りがあったかなんて知りようがありません。
そうすると,Zは,Yが土地の所有権を持っていると信じていたと考えられ,そういうZは保護されていいのではないでしょうか。そのほうが取引の安全を守ることにもなります。
15 Xには落ち度もある
他方で,Xは,Yに騙されたとはいえ,うかつに引っかかってしまったという意味では落ち度もあります。よくよく調べるなり検討するなりしていたら,引っかからなかった可能性が高いと思われます。
それに,民法第96条1項によって取り消すことができたのに,すぐにしなかったためにZへ転売されてしまったということもXの落ち度として指摘できます。まあ,この点は,Yがさっさと転売してしまっていたらどうにもならないですけど。
16 Zをどのように保護するか
こうして見ると,いささか落ち度のあるXよりも,Yが所有者と普通に信じたであろう第三者であるZのほうを保護したほうが,利害調整としてはよさそうだと考えられます。
そこで,次にはどのようにZを保護するか,を考えることになります。
17 ZはYにはいろいろと言える
もしXに土地の所有権が認められるとすると,Zは,どんなことを言いたくなるでしょうか。
Yに対しては,「土地所有権が手に入らへんやんけ。売買契約した意味がないから金返せ」と言いたいでしょうし,さらには「元はと言えば,おまえがXをだましたせいやんけ。賠償しろ」とも言いたいでしょう。この言い分はもっともです。
しかし,Xに対し,「おまえがうかつに騙されたのが悪い。おかげでわしが迷惑することになった。賠償しろ」と言いたくても,法律的にはなかなか難しいでしょう。XZ間ではなんら契約関係がありませんので考えられるとしたら民法709条による損害賠償請求ですが,Xにはそこまでの非はありません。
18 Yに対する権利だけではZの保護は不十分
Xに土地の所有権が認められるという結論になった場合,YはZに対し土地所有権を移転するという債務を履行できなかったことになりますから,債務不履行です。したがって,ZはYに対し,解除して代金返還請求をしたり損害賠償請求をしたりすることができます。これも条文は大丈夫ですよね。
しかし,たとえ権利があっても,先ほども申し上げたようにYがどこかへ逃走したりしてしまえば取り立てることができません。
そういうわけで,Zについては,Yに対して請求できるという保護だけでなく,もう少し強力な保護があったほうがよいと考えられます。
19 民法第96条3項
そこで,民法第96条3項は「前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない」と規定しています。
この条文は,難しく言うと,詐欺による意思表示によって生じた法律関係の外観を信頼して取引に入った第三者を保護しようというものです。もう少し言うと,これまでも検討してきたように,信頼した第三者は保護されるべきという点と,詐欺にあった者にも落ち度があるという点とを考慮して,第三者のほうを保護しようという条文です。
まずは条文の文言を検討します。
補足:2項の「第三者」と3項の「第三者」
前回取り上げた民法第96条2項にも「第三者」が登場してきましたが,今回の3項の「第三者」とは異なりますので注意しましょう。これも,図を書いて覚えましょう。
20 意思表示の取消しが対抗できない
「対抗することができない」というのは前にも出てきましたが,主張できないというような意味です。
意思表示を取消してもその効果を主張できないということは,<事例1>で言えば,ややこしいですが,Zに対する関係では最初からなかったことになるとは主張できないということです。
21 「第三者」
また,保護される「第三者」に該当するためには,詐欺による意思表示によって生じた法律関係につき,新たに独立した法律上の利害関係を有するにいたった者でなければなりません。そういう利害関係を有していない者まで保護する必要はないからです。難しい言い回しですが暗記しましょう。
<事例1>におけるZは,Yが詐欺をしたことで生じたXY間の売買契約を前提として,新たにYから土地を買うという形で利害関係を有するようになった者ですので,「第三者」に該当します。転売されたZのような人のことが典型例と覚えておきましょう。
22 「善意の第三者」
さらに,「第三者」は「善意」である必要があります。「善意」とは知らなかったことを意味しますが,この場合の「善意」は,表意者の意思表示が詐欺によってなされたものだということを知らなかったことを言います。知っていたのであれば,信頼したとは言えないから要件となっています。
23 「善意」だけでなく無過失も必要ではないか
「善意」については解釈上の論点があります。善意であるというだけでなく過失がないことも必要ではないかという議論です。
条文の文言上は「善意の第三者」としかなっておらず「善意無過失の第三者」ではありません。
しかし,民法第96条3項の趣旨は,先ほども申し上げたように,詐欺による意思表示によって生じた法律関係の外観を信頼して取引に入った第三者を保護することで,取引の安全を守ろうというものです。保護されるためには,単に知らなかったというだけでは十分でなく,知らなかったことに過失もないことが必要でしょう。また,詐欺にあった人との利害調整という観点からも,第三者として保護されるための要件として過失まで求められてしかるべきでしょう。
そういうわけで,条文にはないが無過失も必要と考えるのが通説でした。「善意」としか書いてないが,善意無過失と解釈されていました。なお,改正民法ではこれが明記されました。
24 「善意」だけでなく登記も必要か
もう一つ,「第三者」は登記も備えていることが必要かという議論があります。<事例1>では,Zは登記の移転を受けていますが,もしまだ受けていなかったら「第三者」に該当しないのではないかという問題です。
登記がなければ主張できないというのは,すでに学習した二重譲渡の場面であり,民法第177条が適用される場面でした。X→YとX→Zが起きて,YvsZという場面です。
しかし,民法第96条3項の場合はX→Y→Zとなっていて二重譲渡ではありません。さきほど申し上げた指示に素直にしたがって,図を書いていた方なら一目瞭然でしょう。
よって,登記はなくともよいというのが判例です。判例百選1(第8版)の23事件ですので読んでおきましょう。
補足:対抗要件ではなく権利保護要件として登記が必要ではないか
登記が必要と考える有力説は,たしかに二重譲渡の場面ではないというところは認めています。
そのうえで,「第三者」として保護されるということは,言い換えれば詐欺の被害を受けた者を犠牲にするということになるから,それなりのやるべきことはやったのでなければ保護されないとすべきだろう,すなわち登記を取得していることまで必要とすべきだろうと考えています。
このように,有力説は,対抗要件としての登記ではなく,保護に値するための要件すなわち権利保護資格要件としての登記が必要だという考え方です。
もっとも,<事例1>のZは登記を備えていますので,この事例においては,必要だと考える説を採用しても結論は変わりません。
25 XはZには土地の所有権を主張できない
<事例1>ではXが取り消してはいますが,Zが善意さらには無過失であれば民法第96条3項の「善意の第三者」に該当しますので,Zに対してはXY間の売買契約は最初からなかったとは主張できない,すなわちXY間の売買契約は有効なままということになります。
そうすると,XY間の売買契約によりYに所有権が移転しており,そしてYZ間の売買契約でZに所有権が移転していることになります。したがって,Zが土地の所有者になります。
逆に,Xは土地の所有権が認められず,Zに対して明け渡し請求等をすることができません。Yに対して代金返還や損害賠償請求をすることができるにとどまります。もしかしたらYから取り立てられないかもしれん,不良債権かもしれんというリスクを負うことになります。この問題は,このリスクをXとZのどちらが負担するのかという問題だとも言えます。
26 三者間の法律関係のまとめ
<事例1>についてまとめましょう。
XZ間については,「わしが所有者や」「いいや,わしや」という戦いになります。Zが善意かつ無過失であれば土地の所有権が認められ,ZはXに対して物権的請求権として明渡請求ができます。
そして,XはYに対して「よくも騙してくれよったな。土地が返ってこないやないか。金返せ,賠償しろ」と代金返還請求や損害賠償請求を行うこととなります。
YZ間はどうなるのかと思っておられますか。YZ間では,Zは契約通りに土地の所有権を取得していますし,Yは代金を支払ってもらっているでしょうから,とくに問題はありません。あっ,代金がまだなら支払う必要があります。
余談:無から有が生ずることもある
先ほど賢しげにラテン語の法格言「Ex nihilo nihil fit」を引用しました。しかし,これも絶対的な法則ではなく,例外があるということになります。
もしかしたら,とても不思議な感じがするかもしれません。所有権がなかったことになる人から買ったのに所有権を取得できるわけですから。私は当初はさっぱり理解できませんでした。
しかし,これが民法の大きな一つの特色です。「無から有は生じないが,例外的に生ずることもある」ということをマスターしましょう。例外はこの民法第96条3項以外にもいくつかあります。
補足:Yに対する関係ではなかったことになるが
<事例1>においてXが取消したことで,XY間の売買契約は最初からなかったことになります。なので,Xは,Yに対しては「土地を返せ」と言うことができます。と言ってもYはすでにZに売ってしまっており,占有もしていないので無意味ですけど。
しかし,民法第96条3項により,Zとの関係ではXY間の売買契約は有効なままです。Yとの関係では無効,Zとの関係では有効というように,誰を相手にしているかで違いが生じます。違和感があるかもしれませんが,そういうものだと割り切りましょう。
27 強迫と第三者
民法第96条3項をもう一度よく見てみましょう。「詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない」となっています。1項では「詐欺又は強迫による意思表示」と規定されているのに,3項では「詐欺」だけ規定されているということにお気づきですか。
このように規定されている結果,強迫の場合は,いくら善意であっても無過失であっても第三者は保護されないことになります。
民法第96条3項から強迫の場合が外されているのは,詐欺をされた人にはその人にも少しうかつだったという非があるのに対し,強迫された人には非がなくただただ気の毒だからです。強迫された人は第三者よりも保護されるという利害調整がなされているのです。
補足:類推解釈と反対解釈
民法第96条3項からは明らかに強迫の場合が除外されています。
そうすると,あえて除外されているのだから,上述しましたように強迫の場合には民法第96条3項は適用されないのだと考えるのが素直です。反対解釈です。
しかし,類推解釈の余地もありえます。そういう考え方もあります。
そこで,民法第96条3項の趣旨から考えることになります。そうすると,やはり上述しましたように,詐欺をされた人にはいささか落ち度があるから,取引の安全にも配慮して第三者を保護するという趣旨ですので,強迫の場合にはこの趣旨は該当せず,したがって反対解釈をするというのが一般的です。
補足:未成年取消しと第三者
意思表示の問題ではありませんが,同じく取消しが出てくる未成年者の場合についても触れておきます。
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<事例2>
XがYに土地を売り,YがZにその土地をさらに転売した。しかし,Xは未成年者であり親の同意を得ていなかったので,民法第5条2項によりXY間の売買契約を取消した。
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この<事例2>も,X→Yが行われた後,Y→Zが行われ,その後でZが取り消したという点では,<事例1>と同じです。そして,ZはX→Yの事情を知らなかったでしょうし,登記を見てYが所有権を持っていると信じたことでしょうから,そのようなZは保護されるべきとも言えそうです。取引の安全を守るということだけを考えるなら,そういう結論になるはずです。これも<事例1>と同じです。
しかし,未成年を理由に取消した場合には,民法第96条3項に該当するような規定は見当たりません。したがって,原則通り,Xの取消しによりX→Yはなかったこととなり,XはZに対してもこれを主張できるので,土地の所有権を主張できます。
裏返すと,Zが保護されないという結論になります。民法は,Zの利益を犠牲にしてでも,取引の安全が害されても,未成年者は保護されるべきだと考えているわけです。
28 虚偽表示と第三者
詐欺および強迫の次に,虚偽表示によって生じた法律関係に第三者が生じた場合に進みます。
これは詐欺の場合と似ています。ただし,もちろんまったく同じではありませんので,どこが違ってそれはなぜなのかを意識してマスターしましょう。
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<事例3>
Xは,諸事情により自分の財産を隠す必要があったので,Yに対し,自己が所有する土地をYに1000万円で売ったことにしてほしいと頼み,Yは承諾した。そこで,登記をYに移し,土地を引き渡した。
ところが,Yは,Xに土地を返さずに,自分に登記が移っているのをいいことに,事情を知らないZに土地を売却して引き渡した。
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29 やはり土地の所有権の帰属をまず考える
Xからすれば,Yに対して「おのれよくも裏切ったな」となるでしょう。
しかし,やはり,先ほどの<事例1>と同じく,Yに対してどうのこうの言うよりも,土地の所有権を認められるかどうかが重大です。Yに対して代金返還請求等をしたとしても不良債権かもしれません。
そこで,土地の所有権をまずは考えていくことになります。
30 民法第94条1項によると
XY間の売買契約は,虚偽表示によってなされていますので民法第94条第1項により無効です。よって,Xは土地所有権をずっと有していたことになります。
<事例1>では詐欺にあったXが取り消したことで無効になっていますが,<事例3>では最初から無効です。
そうすると,Yは土地所有権を取得したことはないということになります。Zは,土地所有権を有していないYと売買契約を締結していますが,土地所有権を手に入れることはできなさそうです。
31 Zの立場からすると
しかし,ここでもZの立場で考えてみることが必要です。
Zは,Yに登記があることを確認し,Yが所有者であると信じて買ったはずです。Yに登記があったのはXY間の虚偽表示のためだったからと言われても,Zはおそらく「そんな事情は知らんがな」という感じでしょう。
つまり,<事例1>のZと同様の利害状況にあり,このようなZを保護することが,取引の安全を守ることにもなりそうです。
32 Xには落ち度がある
それだけでなく,Xには,Yと示し合わせて虚偽表示をしたという落ち度があります。Xのあずかり知らぬところで勝手に登記がYに移転したわけではありません。Xが自ら虚偽表示をしたために,Yに登記があるという状況が生まれたのです。
33 虚偽表示をしたXの落ち度は大きい
しかも,<事例1>の詐欺のケースと比較すると,詐欺にあって騙されたという点には気の毒なところがあるのに対し,虚偽表示をしたというのは積極的に自分から真実とは異なる登記を作り出しているわけですから,責められる度合いはより大きいと言えます。
<事例1>のXよりも,<事例3>のXはいっそう保護されなくてもやむを得ないと言えるわけです。
34 民法第94条2項
そこで,民法第94条2項は,「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」と規定しています。
35 「対抗することができない」
まず,対抗できないというのは,民法第96条3項と同じく主張できないという意味です。この場合は,虚偽表示により無効だと主張できないという意味になります。
36 「第三者」
また,「第三者」は,虚偽表示による意思表示によって生じた法律関係につき,新たに独立した法律上の利害関係を有するにいたった者です。そういう利害関係を有していない者まで保護する必要はないからです。これも,民法第96条3項と同じような定義ですので合わせて覚えましょう。
<事例3>のZは「第三者」に該当します。
37 「善意の第三者」
さらに,民法第96条3項と同様に,民法第94条2項の「第三者」も「善意」である必要があります。知っていたのであれば,信頼したとは言えず保護の必要がありません。
38 「善意」だけでなく無過失も必要ではないか
さて,民法第96条3項では,「善意」のみならず無過失であることも必要かという解釈上の論点がありました。同じ論点は民法第94条2項にもあります。
民法第94条2項も「善意の第三者」としか規定されていませんが,民法第96条3項のほうは無過失も必要と解釈するのが通説でした。同じ文言ですので,民法第94条2項も同様に,無過失が必要と解釈するのが筋なようにも思います。
39 気の毒なところがあるかどうかで決まる
しかし,詐欺と虚偽表示とでは,意思表示をした人の落ち度に違いがあります。この違いを考えなければなりません。
というのも,無過失が必要となると,第三者が保護される要件が厳しくなる,つまり第三者が保護されにくくなるということになります。
つまり,民法第96条3項の場合は,第三者を保護する要件を厳しくすることで詐欺にあった人が保護される範囲を広げているわけです。詐欺にあった人には気の毒なところもあるからでしたよね。
ところが,民法第94条2項の場面は,自ら積極的に虚偽表示をして虚偽の外観を作出しているわけで,気の毒なところはありません。そうすると,第三者を保護する要件を厳しくする必要はなさそうです。
そこで,判例は,民法第94条2項の場合は無過失は不要としています。
補足:同じ文言なのに違う解釈をすることもある
このように,まったく同じ文言でも異なる解釈をすることがあります。
ややこしいですが,条文の趣旨や利害状況が異なる場合にはそうなります。
40 「善意」だけでなく登記も必要か
そして,民法第96条3項と同じく,民法第94条2項の「第三者」にあたるためには登記を備えることが必要ではないかという議論もあります。
これは,民法第96条3項のところで検討したのと同じ理屈が成り立ちます。すなわち,二重譲渡の場面ではありませんので民法第177条は適用されず,民法第94条2項の場合も登記は不要とされています。
補足:権利保護要件としての登記も不要
民法第96条3項の場合は,対抗要件としての登記ではなく権利保護要件としての登記が必要なのではないか,という議論がありました。必要とする有力説がありました。
しかし,民法第94条2項の場合は,権利保護要件としての登記も不要とされています。というのも,虚偽の外観を作出したという非が大きいので,バランスとして第三者の要件を厳しくすべきではないと考えられるからです。
41 XはZには土地の所有権を主張できない
<事例3>では,民法第94条2項により,事情を知らないZは「善意の第三者」に該当しますので,Zに対する関係では,XY間の売買契約は無効だと主張できない,すなわちXY間の売買契約は有効なままということになります。
よって,XとZとの間では,X→Y→Zと順番に所有権が移転したこととなり,Zが土地の所有者になります。
逆に,Xは土地の所有権が認められません。Yに対して代金返還や損害賠償請求をすることができるにとどまり,不良債権かもというリスクを負うことになります。
42 <事例3>のまとめ
「わしの土地じゃ。物権的請求権じゃ。返せ」
「あんたYに売ったじゃろが。もうあんたには土地所有権ないわい。所有権がなければ物権的請求権は行使できん」
「たしかに売ったけど虚偽表示じゃ。民法第94条1項で売買契約は無効じゃから,わしが所有権をもっとる」
「虚偽表示とかそんなん事情があったことは知らん。わしは民法第94条2項の『善意の第三者』じゃ。わしには無効を主張できん」
「ちょっと調べたら虚偽表示ってわかっただろうが。あんたには過失があるわい」
「無過失まではいらんというのが判例じゃ。文句があればYに言え」
「Yはもうどこか逃げてもうたわ・・・」
43 心裡留保と錯誤
意思表示の問題としては他にも心裡留保と錯誤がありますが,これらと第三者の問題については省略します。改正がなされているところですので,それも含めて各自勉強しておきましょう。
44 今回のまとめ
今回は,意思表示がなされたX→Yにとどまらず,さらにY→Zが行われて第三者Zが登場した場合について検討しました。
通常であれば,所有権のない人から土地を買っても所有権を取得することはできません。これが大原則です。他人から賢く見られたいという欲求がある方はラテン語の格言を覚えましょう。
しかし,例外的に,民法第96条3項や民法第94条2項のような規定により,第三者が保護されて土地所有権が認められる場合があります。これらの場合,意思表示をしたXにも非があるというところがポイントです。非の度合いによって,両者に違いが生じました。整理して覚えましょう。